さよならバニーガール
文字数 749文字
怠慢な仕事ぶりでクビになる前に辞めてしまおうと決意した、金曜日の昼過ぎのこと。
その日は、店の大掃除をひとりでこなす必要があった。
胸元を強調する赤いドレスもバニーガールの衣装も、しばらくお預けだった。みじめな衣装であることに変わりないはずだが、着飾らない者が長居するには耐えられない空間だった。
黙々と煙ったい店内で掃除機をかけていると、誰かに名前を呼ばれた。
私は掃除機の電源を切り、おもむろに振り向いた。
そこには、ケンちゃんがひとり佇んでいた。
「どうして、ここに……」
「元気だった? 外ハネバニーちゃん」
「も、もうバニーじゃないですよ……」
私は真面目に返す。
「ほら、ぼくは約束を破らない主義だからね。それから」
「それから?」
以前にも、同じようなやり取りをした覚えがあった。
「あの日、神田の喫茶店で、閉店の十時半まで待ってた。でも、一紗は現れなかった」
私は掃除機を床に置いた。
「ごめんなさい……」
とっさに顔を両手で覆い隠した。
「どうしてもあの場に行くことができない急用ができてしまったの……」
「それで、こないだ謝ってくれたんだよね?」
ケンちゃんの足元に視線を落としながら、こくりとうなづいた。
「それから。と、こないだ言いかけたのは、華やかなドレスがとても似合っているよ、と言いたかったんだ。でも、それ言っちゃうと、ワンオブゼムだろう?」
私がいままで出会ってきた人の中で、一番まばゆい人だった。
常に坂道を上っているような日々の中で、まさか憧れの人と再会できるという幸福が用意されていたとは思わなかった。
現金かもしれないが、厭世的になりかけていた気持ちから、この世界に流れるわずかな奇跡をほんの少しだけ信じてみようと前向きになれた。
その日は、店の大掃除をひとりでこなす必要があった。
胸元を強調する赤いドレスもバニーガールの衣装も、しばらくお預けだった。みじめな衣装であることに変わりないはずだが、着飾らない者が長居するには耐えられない空間だった。
黙々と煙ったい店内で掃除機をかけていると、誰かに名前を呼ばれた。
私は掃除機の電源を切り、おもむろに振り向いた。
そこには、ケンちゃんがひとり佇んでいた。
「どうして、ここに……」
「元気だった? 外ハネバニーちゃん」
「も、もうバニーじゃないですよ……」
私は真面目に返す。
「ほら、ぼくは約束を破らない主義だからね。それから」
「それから?」
以前にも、同じようなやり取りをした覚えがあった。
「あの日、神田の喫茶店で、閉店の十時半まで待ってた。でも、一紗は現れなかった」
私は掃除機を床に置いた。
「ごめんなさい……」
とっさに顔を両手で覆い隠した。
「どうしてもあの場に行くことができない急用ができてしまったの……」
「それで、こないだ謝ってくれたんだよね?」
ケンちゃんの足元に視線を落としながら、こくりとうなづいた。
「それから。と、こないだ言いかけたのは、華やかなドレスがとても似合っているよ、と言いたかったんだ。でも、それ言っちゃうと、ワンオブゼムだろう?」
私がいままで出会ってきた人の中で、一番まばゆい人だった。
常に坂道を上っているような日々の中で、まさか憧れの人と再会できるという幸福が用意されていたとは思わなかった。
現金かもしれないが、厭世的になりかけていた気持ちから、この世界に流れるわずかな奇跡をほんの少しだけ信じてみようと前向きになれた。