第一章 『女官管弦楽団』

エピソード文字数 2,738文字

 彪が、その日の仕事の合間に、もう、仕方がなく、『雲天宮』に運び込まれた自分の荷物を、以前から『彪専用』として割り当てられていた、自室で整理していると、その彼の部屋に暎蓮がやってきた。
「……彪様」
 扉が半分開けっ放しになっていたため、その影から、暎蓮がひょこっと顔を出す。その彼女の愛らしい仕草に気付いて、彪は、思わず笑った。
 ……一時はどうなることかと思っていたが、入浴と就寝を除いては、これからはいつでも暎蓮と一緒なのだ。彼はようやく、それをうれしいとまで思えるようになっていた。
「お邪魔しても、かまいませんか」
「どうぞ。……まだ、散らかってるけどね」
「失礼します」
 暎蓮が入ってくるのに合わせて、彪は、彼女のために上座をもうけた。
「ありがとうございます」
 暎蓮が、座する。
 暎蓮は、お互いが座したところで、彪に向かって、言った。
「彪様。今朝の朝参で、『女官管弦楽団』の選抜がなされるということを、お聞きになりましたか」
 彪は、片付けの手を止めて、言った。
「『女官管弦楽団』?……ああ。確か、そんな話、あったね。……城内の、各施設から、数名ずつの女官さんを集めて、管弦楽団を作ろうって話でしょう?」
「そうなのです。そして、その楽団は、今後は、城内の各施設を回って、楽曲を披露し、宮廷勤務者の皆様を楽しませるという、この城の歴史の中でも、新しい試みをするそうなのですよ」
 暎蓮は、つづけた。
「女官の方々の中でも、楽器の腕に自信があり、しかも、見目も麗しいお方を選ぶのですって。城内でこの試みが成功したら、外国へも派遣されるかもしれないというお話もあるようです」
「じゃあ、『美人管弦楽団』だ」
「そうなのです」
「お姫様、詳しいね。扇様から聞いたの?」
「いえ、実は、先ほど、『麗水宮』から書状が届いて、ここ『『雲天宮』からも、何名か出せないか』、という話を、この宮殿で働く方々の責任者である山緑が、持ちかけられたというわけなのです。……私は、それを、今、その山緑本人から聞いたわけなのですが」
「へえ。それ、絶対、扇様の案じゃないね。扇様は、女官の人が美人かどうかなんて、ほとんど見ていないものね」
 彪は、笑いながら言った。暎蓮も、つられたように、くすっと笑って、言う。
「そのようです。この案は、燦大臣(さんだいじん)様が思いつかれたらしいのですが、扇賢様は、音楽や舞楽がお好みですし、国交にも役立つかも、というご意見も出たとのことで、それなら、ためしにやってみようか、というお話になったようなのです」
「美人ばっかりなら、宴の時なんかは、華やかになって、いいかもしれないよ」
「そうですね。……それで、この宮殿からどなたに出ていただくか、なのですが。……彪様にも選んでいただけたら、と思って」
「え?お、俺じゃ無理だよ、ここには来たばかりだし、……扇様じゃないけど、女官の人の顔なんてほとんど覚えてない」
「そうかもしれないとは思ったのですが。彪様も、お若いとはいえ、殿方のお一人ですし、見目の麗しい女性をお選びになるのは、お得意かとも思いまして。そうでなくとも、楽器の腕だけで選んでいただいても、かまいません」
 暎蓮は、つづけた。
「そのために、今夜は、彪様の、本当に正式な『雲天宮付き・斎姫補佐官』になったお祝いと、それに付随する、新しい生活……この宮殿へのお引越しのお祝いも兼ねて、『麗水宮』で、扇賢様はもちろん、王音様やナイト様もお呼びして、ささやかな内輪の宴を催し、そこで、この宮殿選りすぐりの女官の方々に、楽を奏でていただこうと思っているのですよ。そうすれば、彪様へのお祝いはもちろん、事のついでに、とでも申しましょうか、……ともかく、皆様からのご意見も聞けるでしょう?」
「へえ。なるほどね。……俺へのお祝いまでか。……わざわざ、ありがたいなあ」
 暎蓮は、楽しそうに微笑みながら、言った。
「あとで、山緑が、今夜の宴用のお衣裳をお届けに来ると思います」
「え、い、衣装?俺の?」
「はい。なんといっても、今夜の主役は、彪様なのですから、せっかくですし、皆様で盛装して。……記念にも、なりますし」
「あ……ありがとう」
 彪は、半分引きつりながら、礼の言葉を述べた。
 暎蓮は、そんな彼の表情には全く気付かないようで、彪に向かってにっこりとして見せ、
「私が選んだお衣装なのですよ。きっと、お似合いになります」
 と言った。彪は、それを聞いて、ひそかに不安になったのだった。
 ……どうも、お姫様は、常に俺を『欲目』で見ているからな……。

 彪は、夕刻、仕事が済んでから、山緑から渡された、暎蓮が選んだという宴用の衣装を身にまとい、鏡の前に立ってみた。
「……やっぱり。どう見ても、まるで似合わないな」
 庶民の出である彼には、この、貴族の着る豪華な正服が、自分では『借り着』にしか思えないのだった。……しかし、暎蓮からのはからいである。断るわけにもいかず、彼は仕方なく、不本意ながら、似合いもしないその恰好のままで部屋を出た。
 回廊を歩いていると、一人の女官が彼を避けるようにして、止まって、彼が通り過ぎるのを待っていた。
「すみません」
 彪は、言いつつ、彼女のわきを通り抜けた。
 まだ若い、それほど長くない黒髪がさらさらと流れる、初々しい感じの女官だった。彪には見覚えはない。……新しく入った女官なのかもしれなかった。
 彪がそばを通り抜けると、彼女は、彼に一礼して、彼とは逆の方向に、歩みを進めていった。
 宮殿入口近くまで行くと、すでに盛装した暎蓮が待っていた。盛装とはいっても、基本は『斎姫』の衣装なのだが、いつものものより華やかな色で、装飾も施されている。髪もきれいに結い上げられ、きらめく飾りを挿しており、その姿は、化粧もしていないのに、相変わらず、『傾国の斎姫』の評判通り、美しかった。
(お姫様みたいな女官さんだったら、すぐにも『楽団』に推薦するけどな)
 彪は、そんなことを考えた。
「彪様。……ご準備は、よろしいですか」
「う、うん。……お姫様、きれいだね」
「あら」
 彪の言葉に、暎蓮は照れたように、袖で顔を覆った。しかし、すぐに、いつものように優しく微笑み、
「彪様も、お似合いですよ、そのお衣装」
 と、言った。
「そうは思えないけどね……」
 彪も、苦笑して、答えた。暎蓮は、彼の手を引いて、言った。
「それでは、まいりましょうか。……そろそろ、お時間です」
「うん」
 二人は、沓を履くと、宮殿から出た。門を出て、『麗水宮』へ向かう。時刻は夕刻を過ぎ、空が暗くなってきている。
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登場人物紹介

白点 彪(はくてん ひゅう)

十三歳。強力な『術』を使える少年巫覡である。温和な性格をしており、庶民の出なので、大人びたところも。暎蓮への実らない恋心を抱いているが、それをひた隠しにして、彼女を護ろうと努力する。

宮廷では、『斎姫・補佐官』の任についている。

『聖気』を使った巫覡としての力と、『術者』としての両方の力を兼ね備える。

甦 暎蓮(そ えいれん)

二十四歳。玉雲国王妃にして、巫覡の最高位、斎姫。

斎姫としての不老の力で、まだ少女にしか見えない。彪とは『最高の相棒』を自称している。

王である夫、桐 扇賢(とう せんけん)に一途な愛を注いでいるが、彪がかわいくて仕方がない。

自称、『武力を持った斎姫』。使う武器は『破邪の懐剣』と『破邪の弩』。

桐 扇賢(とう せんけん)

十七歳。暎蓮の夫にして、『天帝の御使い』、『五彩の虎』の性を持つ『玉雲国王』。年齢の割に童顔なのに悩む毎日。年上の暎蓮に一途に思いをささげているが、彼は彼女の掌の上である。

単純な性格の持ち主だが、いざというときは皆のリーダーシップをとる頼りになるところも。面倒くさがりでがさつだが、音楽や舞楽など芸術面には親しみ、剣技と武術の稽古は毎日欠かさない、体育会系な一面がある。皇子時代から、『奔放な皇子』とのうわさ通り、街では民からかわいがられてきた。

彪とはいい兄弟づきあいをしている。見た目によらず、怪力の持ち主。愛刀は『丹水(たんすい)』。

関 王音(せき おういん)

二十代後半。扇賢の幼少時からの武術の師で、宮廷武術指南役の任についている。女性ながら、『天地界』中に名の知れた武術家であり、貴族の娘の出なのだが、扇賢にとってはまだまだ厳しい師。

暎蓮にとっては臣下の礼をとってはいるが、頼りになる姉のような存在で、普段は扇情的で美しい女性。ただし、夫も子供もいる。愛刀は『散華(さんげ)』。

ウルブズ・トリッシュ・ナイト

二十代後半(王音よりは少し年下?)。人間界の西方に出自を持つ、金髪美男。扇賢のしもべで、『玉雲国』唯一の『騎士』を名乗る。暎蓮に懸想しており、彪、扇賢とは好敵手という一面も。『白い狼』の性を持っており、人より大きな『人気(じんき)』を持つ。戦うときは、銀の甲冑に大剣を持つ。

普段は黒のスーツ姿が多い。とことんマイペースな性格。

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