鉄色

エピソード文字数 518文字

 彼は売れないホラー作家だった。
 執筆する際に使うものといえばHB鉛筆一ダースと原稿用紙が二十枚。
 ワープロ、タイプライター、パソコンは無縁に等しかった。

 短編か、はたまた中編か――
 やっとの思いで三万九千六百文字に到達。
 続きを書けずに癇癪を起こす。
 自らの手で左手の甲を尖った鉛筆の芯でグサッと突き刺した。
 ぼたぼたと滴り落ちる赤。
 原稿用紙はロールシャッハ・テストと化した。

 激痛が脳天を突き抜け、
 いま生きている実感を味わった。
 包帯もせずに……

 たまには気分転換が必要だ。
 愛車のポンコツに乗りイグニッションキーをまわした。
 熱帯夜、深夜零時、エンジン音が唸る。
 おお、白いジャージズボンは赤に染まりつつある!
 ある種、芸術の域にまで達した。
 歪な角度で折れ曲がった金属バット。
 ルームミラーでそれを覗き込む。
 ほくそ笑む。
 潤滑油が切れた拳が骨の音を立てる。

「そろそろ錆止めを塗らなければなるまい……」
 
 彼の車が走り去った華氏百十八度のアスファルトの路面には、酷く錆あがって亀裂が入ったトランクの隙間から、とてつもない腐敗臭が漂う鉄色の液体が滴り落ちていた。
 

 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み