火を統べる機神~ヒヲスベルキシン~

文字数 2,081文字

西暦2090年10月14日――。

ギガフロートⅧの航空機発着場に『特設大型輸送機』が到着していた。
それは、日本の本島からギガフロートⅧへ、TRAを輸送するための専用輸送機であり、そこに今回乗せられていたのは――。

「なんか異様にデカくない?」

輸送機から運び出されてくるホロカバーのかかった人型の物体を見て桃華はそうつぶやく。
藤原はそんな桃華の言葉を聞き流しつつ、手にしたTRA仕様書を熱心に眺めていた。

「ちょっと聞いてるの?! おじさん!!
無視すんなハゲ!!」

「まだハゲてないから……」

少し指で自分の髪を触りつつ桃華の罵声に答える藤原。
仕様書の数値を十分確認してから、大きなため息をついた。

「こりゃまた――、技術開発部は何考えてるんだろうね」

「ん?」

桃華がぴょんぴょんジャンプしつつ、なんとか藤原の手にしている仕様書を盗み見ようとしている。
その姿のあまりの愛らしさに、周囲のオヤジたちがほっこりとした表情で桃華を眺めている。

「う~~ん。試作機の試験運用って聞いたから、標準型のほうかと思ったらこっちか――」

その藤原のなんとも微妙な表情に、桃華は何やら嫌な予感を感じた。

「どういう事よおじさん?
標準型じゃない?」

そう聞いてくる桃華に、藤原は初めて気づいたかのようなそぶりで答えた。

「ん?
ああ――、現在試験運用が始まっている新型TRA『戦術機装義体・TRA-X』は、今まで外部に晒されていた重力波フロートを内部に埋め込んだ、第二世代型TRAの基盤となる機体なんだが――」

「これってソレじゃないの?」

「――まあね。ソレのさらに実験機というか――。ピーキーにした機体というか――」

「何それ、わけわかんない」

頭の上に黒いモヤモヤを浮かべつつそう言う桃華に、藤原は頭を掻いて苦笑いしつつ答える。

「TRA-XX・ホムスビ――。それがこの機体の名称だよ――」

「おむすび?」

「いや、食べられないから――」

桃華の本気の勘違いに、藤原はツッコミを入れた。

火産霊(ホムスビ)――。別名『火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)』日本神話における代表的な火の神様だ」

「初めからそっちの名前にすればいいのに、紛らわしい」

「まあ技術開発部の『お遊び』だろ多分。ワザとだね――」

「むう」

桃華はふくれっ面で目前のTRAを眺める。

「まあ、どんな機体なのかは見ればわかると思う。多分――」

「見ていいの?」

「うん、もともと桃華へのプレゼントらしいし」

そう言って藤原は作業員たちに合図を送る。作業員たちは手際よくTRAを覆っていたカバーをとって見せた。

「!!!!」

その姿を見て桃華は驚きの表情をした。

「これは――」

寝そべった状態のそれは、一見すると巨大な二本の砲を持った戦車にも見える。
今までのTRAとは明らかに違う箱状の太い四肢、武骨でどちらかというと横に広い分厚い装甲に鎧われた胴体。
おそらく90式よりも大きく性能の高いセンサー類が詰まっているであろう、横に広いセンサーヘッド。
――そして何より目立つのは。

「何アレ――肩に、ドでかい砲が二本?」

桃華のその言葉に藤原は頷く。

「155㎜ドランダーカノンだそうな」

「ドランダーカノン――」

「ドランダーっていうのはドイツの科学者の名前だけど……」

藤原が説明する前に桃華は口を開く。

「重力波レールキャノン――……
――の理論を生んだ科学者」

「……さすがモモよくご存じで」

「ふ~~ん。だから、一見すると210㎜以上の口径がありそうな砲なのに155㎜なんだね」

桃華は妙に納得したような言葉を発する。

「――っということは、これって中枢のボーテック機関以外に、補助ボーテック機関も内蔵?」

「みたいだね。中枢1に補助1の二つだ」

「だからこんなずんぐりしてるのか。
――って、よく見るともしかしてあの分厚そうな装甲はハリボテ?」

「はははは……。
よくわかったね、試験用の軽量樹脂装甲なんだそうな」

「――」

「あ、でも、運動性能は90式より1.4倍ほどいいそうだから――」

「信じられないんですけど」

「はは――」

藤原は桃華の刺すような視線を受けて苦笑いをした。

「とまあ――、こいつで、来週の演習を行うことになるんだが……」

その藤原の言葉に桃華は大きなため息をつく。

「いいけどね、もう。
実験動物――、モルモット扱いは慣れてるし」

桃華はそうつぶやいた後、少し苦しげな表情になる。

「それにあたしは、少しでも強くならなきゃ。もっともっと――。
そのためなら、実験動物扱いだろうが、兵器扱いだろうが構わない」

「……」

その桃華の言葉を黙って聞く藤原。

(モモ……まだ2か月前のコト引きずってるんだな。
救えなかったたくさんの命の事を――)

そのまま藤原は、桃華の頭を撫でた。

「なによ」

少し膨れて藤原を見上げる桃華。

「不甲斐なくてすまんな、大人なのに――。
モモに重荷ばかり背負わせて」

「私は優秀だからいいのよ。
大人とか子供とか関係ない」

「それでもだよ」

藤原は心の中で再びの決意をする。
今は桃華の戦いを見ているしかない自分だが、いつか自分も桃華の隣に立てる存在になろうと。

――その日から1週間後、桃華たちはその年で最も苛烈な戦いを経験することになる。
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登場人物紹介

小柄な中学生くらいの見た目の少女。

人工的に合成された遺伝子による人造人間であり、肉体年齢的にはもう中学生程だが、実年齢はまだ9歳に過ぎない(本編第一話の時期)。

その身体能力は極めて高く、強化義体によるサイボーグでもないのに、それと同等の運動能力を発揮できる一種の超人である。

その能力の高さは、知能に関しても同等であり、大学レベルの論文なら一瞬にして理解できる知能を有する。

その能力に裏打ちされた性格は極めて尊大であり、自身を『天才』だと言ってはばからない、多少他人を見下しがちな悪癖を持つ。

しかし、そんな彼女の本質は極めて純真で、他人を思いやる気持ちに満ちた、本来は戦争行為など行えない優しい性格をしている。

すぐに他人の気持ちを察知できる頭脳の持ち主なので、必要な時は決して他人を不快にさせる言動はしない。

それほど純粋な性格に育ったのは、育ての親である研究者たちに、大切に育てられたことが大きく影響している。

なにより、平和な日常を守ることを使命だと考え、テロリズムには自身のできうる限りの苛烈な暴力で制圧を行う。

日本陸上国防軍・二等陸佐である優男。通称『おじさん』。

第8特務施設大隊の大隊長であり、桃華の後見人にして直轄の指揮官でもある。

そこそこ整った顔立ちのイケメンだが、多少くたびれた雰囲気があり周囲には昼行燈で通っている。

国に奉仕することを第一とする典型的な軍人ではあるが、政府の行った闇の部分には思うところがあるようで、自分をその手先の『悪人』だと思っている節がある。

海外の生まれであり、そこで戦争に巻き込まれ家族全員を失っている。

その時に救ってくれた日本国防軍のとある人物(現在は国防軍の高官)の推薦で国防軍に入ることとなった。

このため、心の中では戦争やテロリズムを憎悪しており、それを引き起こそうとする人物に対しては、容赦しない苛烈な部分を持つ。

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