月照

文字数 382文字

 修道院では、アヌビスが魔神であったとの噂でもちきりになっていた。
 アリーアは、自分が好きになった男は魔神と知って悲嘆にくれた。セトは悲しむアリーアに、ただ寄り添う。そしてアリーアを傷つけたアポピスに、怒りを燃やす。
 もう恋などできない。アリーアはそう言った。深すぎる心の傷だった。
 だがアリーアは気丈だった。使命を忘れて、恋に現を抜かした自分が悪いのだと。アリーアくらいの年頃の女の子は、誰もが恋に胸をときめかせる。それすらも押さえて、アリーアは前へと進んで行く。悲しみすら乗り越えて。
 夜。いつものように、アリーアが歌う。セトは傍らで歌を聴いていた。不意に歌声が止む。月明かり。アリーアの頬を涙が伝っている。
 セトがそっとアリーアに顔を近づける。流れ落ちる涙を、セトが舌で舐めた。アリーアがくすっと笑い、ぎゅっとセトを抱きしめる。
 月が照らす。優しく、二人を。
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