第1話

文字数 3,067文字

 あの頃に戻れたら、なんてきっと誰もが1度は考えたことがあるだろう。はたまた、未来を予測出来る秘密道具があればいいのに、なんて幻想を抱いた人も少なくはないハズ。そんなワタシも夜眠りにつく前に、ぼーっと薄オレンジ色のライトを見ながら「あの時こう言っていれば…こうしていれば…未来は変わっていたのかもしれない」なんてよく考える。思い出す事柄の大体は、悲しいことや恥ずかしいことなど自分にとってマイナスなことが多いのは何故だろうか。

 例えば、中学校生活最後の運動会。ワタシはこの運動会で3つの失敗を犯している。運動会といえば、体育会系の男子は沸々と闘志を燃やし、一軍と呼ばれる女子たちは可愛いハチマキの巻き方を研究し、運動が苦手な生徒は突然影を潜める。こんな一体感のないクラスですら、一時的に仲間意識が芽生えるイベントはなかなかないであろう。ちなみに、ワタシは可愛いハチマキの巻き方を研究していたものの、当日は優勝することに力を注ぎすぎてしまい最終的にはカワイイなんてものは綺麗さっぱりなくなっていた。終わる頃には、酔っ払ったサラリーマンが頭にネクタイを巻いてる姿を真似て「あぁ酔っ払ったわ~」なんて遊んでいる始末。数年後、繁華街をゲラゲラ笑いながら徘徊する吞兵衛になるなんてこの頃のワタシは微塵も思っていないと思うとなんだか申し訳ない。女子力は皆無のワタシだが、人前で何かをしたりリーダーになるのは嫌いではなく、中学3年生の頃は体育委員だった。体育委員は開会式で全校生徒の前に出て準備運動のお手本となるのだが、ひとりだけマイクを使い、イッチニーサンシ!とお決まりの掛け声をかけなければならない。そう、目立ちたがり屋のワタシは立候補してしまったのだ。これが1つ目の失敗。普段はピーチクパーチク、酔っ払ったオヤジほどの騒音で会話をしている。しかし、この日は全校生徒を前にして可愛く見られたい自分が出てきてしまった。その結果、たまたまマイクに止まった蚊が鳴いているのかと思うほど声は小さく、そして震えていた。恥ずかしくて思い出したくもないのだが、その頃のワタシはヤンキーぶっていて、悪口言ってる奴らを一人ずつ捕まえて「タイマンやろうぜ!公園集合な!」なんてしょうもないことばかり言っていた救いようのないおバカ。もちろん、一度もタイマンなどすることなく学生生活は終わった。ただのイキがっている痛い奴認定されていたであろうことを10年以上経った今ようやく受け入れることが出来たところだ。まぁそれはさておき、こんなワタシが突然カワイイ声なんて出せるハズがなく、スピーカーを通して自分の声を聞いた時にはもう遅かった。目の前にいた生徒たちが、え⁉という顔をしたのを一生忘れない。これが自分の親含め保護者全員のビデオカメラに残っていると思うと地獄だ。しかし、ひとつだけこの時学んだことがある。声優はすごい。

 2つ目の失敗は、数ある種目のなかの「綱引き」だ。クラス対抗戦で比較的力の強い男子が前に、体重の重い人が後ろに配置されていた。騎馬戦や組体操ではわりかし優遇される低身長だが、綱引きでは力もあまりない奴はほとんど役に立たない。なので、ワタシは真ん中より少し前くらいの位置にいた。それでも、ヤル気は人一倍あったので持てる限りの力を振り絞り、体を仰け反って精一杯綱を引っ張った。…グキッ! なんか嫌な音が聞こえたけど誰だろう?大丈夫かなぁ?なんて思いつつ、必死に引っ張るも結果は負けてしまった。みんなが残念がる中、たった一人青ざめている人がいた。なんとビックリ、ワタシである。腰がめちゃくちゃ痛い。さっきの音は自分の腰から聞こえてきたものだった。競技中はアドレナリンが出ていたからか、全く気付かなかったのだけれど、終わってみたらそれはもう激痛の中の激痛。誰だろう?などと心配していた数分前の自分に呆れつつ、途中で気付くよりマシか…と、間抜けさに感謝もした。そこから、すぐ先生に言えばいいものを、綱引きで腰をやられたなんて恥ずかしくて言えなかった。かろうじて残っていた乙女心がここぞとばかりに主張してきたのである。さらに、追い打ちをかけるように当時付き合っていた1つ年上の彼氏も運動会を見に来ていた
のだ。華の女子中学生が綱引きで腰を痛めたなんて彼氏に知られたら恥ずかしい! どうにか最後の競技が終わるまで乗り切ろうと必死に作った笑顔で痛みを隠しながら腰に負担がかからないように、へなちょこな体勢で弁当を食べた。弁当の味は何も分からなかった。なんとも華の女子中学生とは程遠い姿である。

 こうして、どうにか弁当の時間を乗り切ったのだが、後にワタシはここで腰が痛いと申告しなかったことを全力で後悔することに。次に待っていたのは、メインイベントとも言えるクラス対抗リレー。クラスで選ばれた足の速い7人が走るのだが、この時ワタシはアンカーだった。自慢じゃないけど勉強は全くもって出来ないので、神さまがせめて運動だけは出来る身体にしてくれたのだとワタシは信じている。腹も膨れて体力も回復し、校庭はここぞとばかりにこの日一番の盛り上がりを見せていた。ただ一人を除いて。極度の負けず嫌いで無駄にプライドも高いワタシは、どうしても自分が走りたい。しかし負けたくない。というジレンマの中、必死にポーカーフェイスを作りアンカーの位置に並ぶ。バトンを受けったのは4番目。その後ろには足の速い陸上部のA子ちゃんが迫ってきている。こんな最悪の状況になるとは予想外だバカヤロー! と心の中で叫びながら痛みに堪えて必死に走る。きっとこの時のワタシは般若と瓜二つだったであろう。むしろ、腰を庇うへんてこなフォームも相まって妖怪と言っても過言ではなさそうだ。それでもどうにか意地で走りきり、結果は見事2位。2人抜かしたうえにA子ちゃんには本当にギリギリだったけど追いつかれずゴールしたのだ。結果だけ見れば、それはもう立派だがゴールしたあと目に飛び込んできたのは、ぽかんと口を開けている彼氏の姿。そう、般若のような形相、さらに妖怪フォームで走っていたところを見られてしまった。それまでカワイイワタシ♡を演じていた彼女が突然、妖怪になったのだからそりゃ驚く。ワタシは腰が痛いのを我慢して走ったことをとても後悔した。ただでさえ好きな人に走ってる顔は見られたくないのに、妖怪の姿を見られるのは、思春期真っ盛りの乙女には耐え難い恥ずかしさなのだ。ちなみに、これが原因かどうかは定かではないが1ヶ月後ワタシはフラれた。この時ばかりは悲しみより先に納得してしまった。だって彼女が妖怪なんて普通イヤだもん(笑)。妖怪でも好きでいてくれる物好きな男性も世の中にはいると思うが、齢15〜16の男子が受け入れるのは難しいだろう。少し話が逸れてしまったけど、これが3つ目の失敗。

中学最後の楽しい運動会になるハズが、ワタシにとっては人生で一番忘れたい行事になってしまった。運動会終了後、母親の車ですぐ病院に行くと「ギックリ腰ですね」と一言。ギックリ腰ってお年寄りがなるものだとばかり思っていたワタシは目から鱗。いや、もしかしたら綱引きでギックリ腰が稀なのかもしれないが、どちらにせよ女子中学生がギックリ腰とは可愛くない。悲しくもあり恥ずかしくもあるこの思い出を簡単にまとめると「女子中学生がギックリ腰になったら彼氏にフラれた」。


皆さんもケガに気を付けるのはもちろんのこと、彼氏の前で妖怪になるのは絶対にやめましょう。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み