第6レース(1)衝突
文字数 2,243文字
6
季節は六月に入り、雨の多い季節となったが、実際の競竜もよっぽどの天気の荒れ模様でもなければ、レースは予定通り行われる。この騎手課程短期コースにおいてもそれは同様である。なにしろ『短期』コースなのだ。一日たりとも無駄には出来ない。その日は結構な土砂降りと言っても良い日だったが、鬼ヶ島主任教官の判断で、各クラス合同で訓練を行っていた。そこで騒動が起こった。
「お前、ふざけんなよ!」
Bクラスのやや小太りな男が声を荒げる。
「……なんすか?」
嵐一が心底面倒臭そうに答える。
「今の走り! 内側から強引に来やがっただろう!」
「……内側が空いていましたから、空けたやつがよっぽど間抜けなんでしょうねえ」
「わ、わざと空けてんだよ! この時期は内ラチ沿いの芝が荒れるからな!」
「……走って駄目だってことはないでしょう」
「そ、それはそうだけどよ……」
「……分かりましたよ、今度から気をつけます」
「そ、それで良いんだよ……」
「おい、皆! Bクラスの太井さんがびっくりしちゃうといけないから、抜くときは『今から内側を抜きますねー』とかちゃんと声がけを頼むぞ!」
「そ、そういうことじゃねえんだよ!」
「え?」
嵐一はわざとらしく両手を広げてみせる。その仕草が余計に小太り男の気に障る。
「てめえ……馬鹿にしてんだろう?」
「そんなことは……無くもないですけど」
「て、てめえ!」
「あ~あ~何をしている……」
凡田教官が面倒臭そうに割って入ってくる。
「ぼ、凡田教官! こいつが!」
「変な騒ぎを起こされては困る……二人とも罰走! ……と言いたいところだが、本日は訓練時間も限られている。さっさと位置に戻りたまえ」
「は、はい……」
「はい……」
小太りの男と嵐一は言い争いを止めて、お互い所定の位置へと戻る。訓練が再開されるが、しばらくして再び騒動が起こる。
「お、お前、いい加減にしろよ!」
Bクラスの瘦せっぽちの男が叫ぶ。嵐一がため息をつく。
「なんすか……?」
「なんすかじゃねえよ! 無理な割り込みはやめろよ! 竜体ぶつかってるぞ!」
「じゃあ譲ってくれって言ったら素直に譲ってくれるんすか? それに競竜で多少の接触云々はつきものでしょう?」
「それにしたって限度ってものがあるんだよ!」
「薄井の言う通りだ! 俺のドラゴンにもぶつかっていたぞ!」
小太りの男が同調する。嵐一が再びため息をつく。
「なんだよ、その態度は!」
「呆れてるんすよ。接触するのが怖いなら競竜やめりゃいいだけのことだ」
「なっ⁉」
「違うすか?」
「こ、これは訓練だぞ!」
「訓練の時点から実戦を意識してなきゃなんの意味もないでしょ」
「ぐっ……」
「遊びでやっているんじゃないんだ」
「だ、大体なんだ、その態度は! 俺らの方が年上だぞ!」
「そうだ、そうだ!」
小太り男と瘦せっぽちの男が揃って声を上げる。
「敬語使ってるでしょ? 一応」
「一応って!」
「もっとちゃんとした敬語使えよ!」
「敬うに値する相手ならね……」
「どういう意味だよ!」
「そういう意味ですよ」
「こ、この!」
「やめなさい! 貴方たち!」
長身の女性教官が不毛な言い争いをする三人の間に割って入る。
「な、並川教官! 見たでしょ! こいつの危険な走行を注意して下さいよ!」
「そうです! 危な過ぎてしょうがないですよ!」
「……確かにやや目に余る騎乗もありますけど、プロレベルの実戦を見据えれば危険過ぎるということはありません」
「そ、そんな!」
教官の言葉に小太り男が憤慨した様子を見せる。瘦せっぽちの男が抗議する。
「な、納得いかないですよ!」
「さっきから何を騒いでいる」
「あ……」
主任教官である鬼ヶ島が嵐一たちに近づいてくる。並川が耳打ちする。
「主任……こういうわけで」
「ふむ、事情は把握した。諸君らも承知の通り、騎乗訓練は全て映像で記録されている。後で草薙の騎乗についてはきちんと精査しよう。その上で注意すべき点があるのなら注意する。今は……」
「今は?」
嵐一が問う。
「周りの貴重な訓練時間が奪われてしまった。草薙、太井、薄井、ドラゴンを厩舎に戻せ……そしてあそこのピロティーで構わん。罰として腕立て腹筋背筋二百回だ」
鬼ヶ島がピロティーを指し示す。
「え……」
「早くしろ!」
「は、はい!」
「ちっ……」
小太り男と瘦せっぽちの男が慌てて、嵐一がやや憮然としながら厩舎に戻る。
「……た、大変だったね」
訓練後のシャワールームでシャワーを終えた炎仁が同じくシャワーを終え、ベンチに腰かけていた嵐一に声をかける。嵐一が肩を竦める。
「下手くそどもに絡まれて散々だぜ……」
「へ、下手くそって言ったな!」
「ああ、確かに言った!」
小太り男と瘦せっぽちの男が半裸のまま、嵐一に詰め寄ってくる。
「なんだよ、しつけえな……」
「下手なのはお前だ! 今日の危険な騎乗、鬼ヶ島教官から注意されるからな!」
「プロじゃああれくらい当たり前だって言っているだろう……」
「はっ、お前なんかがプロになれるかよ! 野球も半端だったやつが!」
「!」
嵐一がガバっと立ち上がり、小太り男たちを睨み付ける。
「な、なんだよ……」
「もう一度言ってみろ……」
「何度だって言ってやる。『崖っぷち』Cクラスなんて逆立ちしたってプロになれねえよ! まあ、女子ども何人かがお情けで合格するかもな、『客寄せパンダ』枠で!」
「ふざけんなよ!」
「⁉」
「どわっ!」
嵐一だけでなく、周囲も驚く。炎仁が小太り男を突き飛ばしたからである。
季節は六月に入り、雨の多い季節となったが、実際の競竜もよっぽどの天気の荒れ模様でもなければ、レースは予定通り行われる。この騎手課程短期コースにおいてもそれは同様である。なにしろ『短期』コースなのだ。一日たりとも無駄には出来ない。その日は結構な土砂降りと言っても良い日だったが、鬼ヶ島主任教官の判断で、各クラス合同で訓練を行っていた。そこで騒動が起こった。
「お前、ふざけんなよ!」
Bクラスのやや小太りな男が声を荒げる。
「……なんすか?」
嵐一が心底面倒臭そうに答える。
「今の走り! 内側から強引に来やがっただろう!」
「……内側が空いていましたから、空けたやつがよっぽど間抜けなんでしょうねえ」
「わ、わざと空けてんだよ! この時期は内ラチ沿いの芝が荒れるからな!」
「……走って駄目だってことはないでしょう」
「そ、それはそうだけどよ……」
「……分かりましたよ、今度から気をつけます」
「そ、それで良いんだよ……」
「おい、皆! Bクラスの太井さんがびっくりしちゃうといけないから、抜くときは『今から内側を抜きますねー』とかちゃんと声がけを頼むぞ!」
「そ、そういうことじゃねえんだよ!」
「え?」
嵐一はわざとらしく両手を広げてみせる。その仕草が余計に小太り男の気に障る。
「てめえ……馬鹿にしてんだろう?」
「そんなことは……無くもないですけど」
「て、てめえ!」
「あ~あ~何をしている……」
凡田教官が面倒臭そうに割って入ってくる。
「ぼ、凡田教官! こいつが!」
「変な騒ぎを起こされては困る……二人とも罰走! ……と言いたいところだが、本日は訓練時間も限られている。さっさと位置に戻りたまえ」
「は、はい……」
「はい……」
小太りの男と嵐一は言い争いを止めて、お互い所定の位置へと戻る。訓練が再開されるが、しばらくして再び騒動が起こる。
「お、お前、いい加減にしろよ!」
Bクラスの瘦せっぽちの男が叫ぶ。嵐一がため息をつく。
「なんすか……?」
「なんすかじゃねえよ! 無理な割り込みはやめろよ! 竜体ぶつかってるぞ!」
「じゃあ譲ってくれって言ったら素直に譲ってくれるんすか? それに競竜で多少の接触云々はつきものでしょう?」
「それにしたって限度ってものがあるんだよ!」
「薄井の言う通りだ! 俺のドラゴンにもぶつかっていたぞ!」
小太りの男が同調する。嵐一が再びため息をつく。
「なんだよ、その態度は!」
「呆れてるんすよ。接触するのが怖いなら競竜やめりゃいいだけのことだ」
「なっ⁉」
「違うすか?」
「こ、これは訓練だぞ!」
「訓練の時点から実戦を意識してなきゃなんの意味もないでしょ」
「ぐっ……」
「遊びでやっているんじゃないんだ」
「だ、大体なんだ、その態度は! 俺らの方が年上だぞ!」
「そうだ、そうだ!」
小太り男と瘦せっぽちの男が揃って声を上げる。
「敬語使ってるでしょ? 一応」
「一応って!」
「もっとちゃんとした敬語使えよ!」
「敬うに値する相手ならね……」
「どういう意味だよ!」
「そういう意味ですよ」
「こ、この!」
「やめなさい! 貴方たち!」
長身の女性教官が不毛な言い争いをする三人の間に割って入る。
「な、並川教官! 見たでしょ! こいつの危険な走行を注意して下さいよ!」
「そうです! 危な過ぎてしょうがないですよ!」
「……確かにやや目に余る騎乗もありますけど、プロレベルの実戦を見据えれば危険過ぎるということはありません」
「そ、そんな!」
教官の言葉に小太り男が憤慨した様子を見せる。瘦せっぽちの男が抗議する。
「な、納得いかないですよ!」
「さっきから何を騒いでいる」
「あ……」
主任教官である鬼ヶ島が嵐一たちに近づいてくる。並川が耳打ちする。
「主任……こういうわけで」
「ふむ、事情は把握した。諸君らも承知の通り、騎乗訓練は全て映像で記録されている。後で草薙の騎乗についてはきちんと精査しよう。その上で注意すべき点があるのなら注意する。今は……」
「今は?」
嵐一が問う。
「周りの貴重な訓練時間が奪われてしまった。草薙、太井、薄井、ドラゴンを厩舎に戻せ……そしてあそこのピロティーで構わん。罰として腕立て腹筋背筋二百回だ」
鬼ヶ島がピロティーを指し示す。
「え……」
「早くしろ!」
「は、はい!」
「ちっ……」
小太り男と瘦せっぽちの男が慌てて、嵐一がやや憮然としながら厩舎に戻る。
「……た、大変だったね」
訓練後のシャワールームでシャワーを終えた炎仁が同じくシャワーを終え、ベンチに腰かけていた嵐一に声をかける。嵐一が肩を竦める。
「下手くそどもに絡まれて散々だぜ……」
「へ、下手くそって言ったな!」
「ああ、確かに言った!」
小太り男と瘦せっぽちの男が半裸のまま、嵐一に詰め寄ってくる。
「なんだよ、しつけえな……」
「下手なのはお前だ! 今日の危険な騎乗、鬼ヶ島教官から注意されるからな!」
「プロじゃああれくらい当たり前だって言っているだろう……」
「はっ、お前なんかがプロになれるかよ! 野球も半端だったやつが!」
「!」
嵐一がガバっと立ち上がり、小太り男たちを睨み付ける。
「な、なんだよ……」
「もう一度言ってみろ……」
「何度だって言ってやる。『崖っぷち』Cクラスなんて逆立ちしたってプロになれねえよ! まあ、女子ども何人かがお情けで合格するかもな、『客寄せパンダ』枠で!」
「ふざけんなよ!」
「⁉」
「どわっ!」
嵐一だけでなく、周囲も驚く。炎仁が小太り男を突き飛ばしたからである。