第6話

文字数 617文字

 六つも年上の真治とはゲームくらいはしたことがあるけれど、まともに話をした記憶がない。お互い相手にならないと諦めていたところもある。半分口をひらいたまま黙った俺をみて琴美さんは笑った。

「ね。ちゃんと話をしていないでしょ。面白いよ真治さん。知識は豊富だし、頭の回転が早いから話題が尽きないし。それでいて時々ヘンなことを言って笑わせてくるの。話してみなよ」

 無愛想な兄貴がそこまでするのは琴美さんが特別だからだ。真治は誰に対しても愛想を振りまくようなことはしない。……俺みたいには。どす黒い感情が内側から滲み出してくる。

​─── 俺が琴美さんを奪ったら兄貴はどう思うだろう。

 ドロドロ沼みたいな思考に陥りそうになって慌ててお茶を飲む。そんな俺をじっと見つめていた琴美さんが微笑んだ。あのつぶらな瞳が、俺をみて楽しげに細められている。

「あのね。わたし、貴大くんも好きだよ」

 その一言がコトリと耳にはいって鼓膜を通過した瞬間、今度は俺が盛大に茶を吹いた。

「うわ、きたねー!」

 俺の下手な口真似をしてカラカラと笑う人にツッコミをいれたいのに、咳き込みが止まらない。琴美さんはカバンからタオルをだして、片手で俺の背中をさすり、もう片方の手でお茶に濡れたシャツをタオルで拭いてくれた。背中に感じる暖かい手のひらの感触。そこだけ体温が一度くらいあがりそう。咳き込みが落ち着いてきた俺の視線はシャツの上で動いている、細くて白い指に釘付けになってしまう。
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