第3話

文字数 4,028文字

イタリア人らしいお節介なクリスティーンの母親のせいで長引いた病院での出来事があり、やっとのことで家に戻ってくると、クリスティーン、ステラさん、そしてシャーロットもすでにどっと疲れが押し寄せた。
と言うのも、クリスティーンの母親からシャーロットへの質問攻めはまるでマシンガンのようであった。
しかし、おかげでシャーロットも少し遠慮がちな表情を未だ浮かべているものの、少しは話すようになった。
一方で、判明した彼女の半生はクリスティーンには衝撃的であった。
シャーロットの父親が中国での出張から失踪してしまったこと。
病気がちであったシャーロットの母親はその間に乳がんで亡くなってしまったこと。
父親も法的に失踪が認定されたことから、身寄りのある親戚がシャーロットを引き取ろうとしたが、迎えにくる道中で交通事故にあって死んでしまったこと。
身寄りがなくなったシャーロットは、法定代理人の弁護士によって寄宿学校に入れられたこと。
そして、何より寄宿学校での生活は頑なに彼女は沈黙を破ろうとしない。
このことから、現在クリスティーンは彼女に何と声をかけて良いのかわからなくなってしまっている。
家に着くと、鍵を開けて、家の中に踏み入れる。
部屋の中はやはり雪が降る日とあって寒い。
まず暖房をつけて、その間、ポッドでお湯を沸かす。
クリスティーンの母は
「紅茶で良いかしら?私たちイタリア人はこう言う時コーヒーを飲むけど・・・」
とずれた質問をシャーロットに投げかける。
クリススティーンは『またか、うちの母親は・・・』と思いながら、
「お母さん、私たちの年代でコーヒーはまだ早いわ。10代前半だもの」
「ああ、あらそうね!」
でも、母がこう饒舌になるときは、決まって自らの緊張をほぐす為だということをクリスティーンもステラさんも知っていた。
「いえ、お構いなく。むしろ、このようなご厚意に甘えてしまいまして、誠に申し訳ございません・・・」
「いいのよ、若いんだから気にしないで。あと、うちでは遠慮しないでね。トスカナの人はそんなの気にしないから」
しかし、遠慮がちとはいえ、会話が生まれ始めたことからクリスティーンはホッとした気持ちになった。
またもう一方で、クリスティーンは「もしかしたら、この子は自分のイギリスでの初めての友達になるのじゃないか」と期待を抱き始めていた。

次第に高鳴っていく鼓動を感じ始めたクリスティーンとは、裏腹にシャーロットは悲しげに一点を見つめていた。
それをみたクリスティーンは、瞬時に冷静さを取り戻した。
「何を見つめているの?」
シャーロットは、無言で指をさした。
「ああ、お人形さん?」
シャーロットはうなづいた。
クリスティーンはその人形を持ってきて、シャーロットに渡した。
すると、
シャーロットは急に泣き始めた。
それをみたクリスティーンは何がなんだかわからず、慌てて混乱しながら尋ねた。
「あ、ごめん!わたし何か悪いことしてしまったかしら?」
シャーロットは目を擦りながら、口を開いた。
「違うの。私が持っていたお人形にそっくりなの・・・」
クリスティーンは何のことだかさっぱりわからなかったが、シャーロットが口を開くのをじっと待った。
そして、シャーロットは泣き止むと、ゆっくりと話始めた。
内容はこうである。
母親からもらった洋人形があった。
それをいつも肌身離さず大事にしていたそうだ。
寄宿学校に入学してからは、唯一心の支えとなっていたそうだ。
毎晩、シャーロットはその人形に話しかけていたそうだ。
しかし、ある日自分の部屋に戻るとそこにその人形はなかった。
急いでシャーロットは廊下に出ると、狸顔小柄で黒髪の少女がそれを持っているのを発見した。
シャーロットは
「返して!」
と叫ぶが、その女の子は後ろ向きに走って逃げていった。
シャーロットは追いかけて、やっと追いついた。
しかし、狸顔の女の子のかけて行った先には、細長く身長の高い女の子とその取り巻きが待ち構えていた。
「返してよ!」
そのシャーロットの言葉も虚しく、その人形は五人組の女の子たちによってズタズタに破壊された。
その瞬間、シャーロットの何かも崩れ始めた。
最後に残骸となった人形を見て、シャーロットは「こんな学校にはいられない」と思い、
寄宿学校という地獄からの「脱獄」を試みたという。
そして、今に至る。
この一部始終を聞いたクリスティーンは激昂した。
「そんなひどい人たちがこの世の中にいるなんて!!」
クリスティーンはイギリス人とは「なんて陰湿な民族なんだ」と思った。
しかし、シャーロットは
「仕方ないわ・・・」
と虚な目で言った。
「どうして!?」
クリスティーンは怒りに感情を支配されていたし、彼女もさぞ怒りを覚えているだろうと思ったのになぜ復讐に走らないのか理解できなかった。
「私はそういう運命になっているの・・・」
クリスティーンはますますその「運命」という言葉に理解ができなかった。
「どうして?」
再びクリスティーンは尋ねた。
「エドワード・ゴーリーの『不幸な子供』って作品があるんだけど、学校の子たちが言うには私はその女の子の人生を辿っているそうなの・・・」
クリスティーンはその作品がわからないので、とりあえず紅茶を作っているお母さんのいるキッチンルームに訪ねに行った。
「お母さん(マンマ)、ゴーリーさんの『不幸な子供』って知ってる?」
母は無表情で答えた。
「ああ、あの稚拙(ちせつ)な作品ね」
「稚拙?」
「そうよ。なんか悪魔とか出てきて、救われない最後だったら話題になるみたいな稚拙な作品なの。あの作者は全然、現実世界ってやつをわかってないわ。学歴で隠しているのね。ああいう、姑息な真似をする作家はブロガーの私にとっては獲物だけどね」
クリスティーンはよくわからないという表情を母に示した。
「あんまり娘に見せたい作品ではないけど、私の書斎にあるから持ってきて読んでみれば。入って正面、戸棚の右上の方にその絵本があるわ」
「お母さん(マンマ)、わかった!」
とクリスティーンが出て行こうとした時、
「あ〜何かわかったの?あの女の子がいじめられてる原因とか?」
クリスティーンの母は鋭かった。
しかも、ネズミを捕まえた猫のような表情を浮かべている。
「あ、あとで話すね・・・」
「わかったわ!」
母は上機嫌になって鼻歌を歌い始めた。
「まったく・・・」
クリスティーンは呆れながら、母の書斎に向かい、そして絵本を見つけ、シャーロットの待つリビングへと戻った。
シャーロットの目の前に「不幸な子供」を出すと、初めてまじまじと表紙を見て、クリスティーンは
「気持ち悪いなーこの表紙・・・なんか嫌い・・・」
と顔をしかめた。
「私も嫌いだわ」
シャーロットもそれに同調した。
ページをめくり始めたクリスティーンだったが、始終顔をしかめていた。
最後まで読み終えた時、クリスティーンはシャーロットが震えていることに気づいた。
クリスティーンは確かにシャーロットのそれまでの人生をトレースしたような内容だと感じたが、なぜシャーロットがそれに怯えているのかわからなかった。
「なんで怖がっているの?」
「え?」
シャーロットにはクリスティーンが怖がらない理由がわからなかった。
「クリスティーンは、怖くないの?」
その問いの意味にクリスティーンも理解ができなかった。
「なぜ?怖いの?」
シャーロットは表紙に戻し、指を指した。
「ここに悪魔が二匹いるでしょ?」
「うん」
「この二匹の悪魔のうち、一匹はどのページにも書かれているらしいの」
「うん」
「これはこの少女が悪魔に目をつけられてしまい、罠にかけられたってことなの?」
「うん」
「・・・」
「それが、どうかしたの?」
「悪魔に目をつけられたら不幸にされてしまうのよ!逃げられない!」
このシャーロットの緊迫した表情に理解ができず、クリスティーンは首を傾げた。
「あと・・・」
シャーロットは続けた。
「悪魔は表紙では二匹いるのに、本編には一匹しか書かれていないの・・・」
クリスティーンはまた首を傾げた。
「どうも、これはこの作品を読んで傍観している読者のことを指しているらしいの!」
シャーロットのその言葉を聞いて、またクリスティーンは首を傾げた。
そして、天井を眺めた後に、閃いたように言った。
「ああ、いや、その読解はミスリードよ!本編に悪魔は二匹出てきているわ!」
シャーロットも首を傾げる。
クリスティーンは本をめくって、作中の母の死後から寄宿学校に入るまでの間のページをいくつか見せた。
「ここの中にいるわ」
シャーロットは首を傾げた。
「私、わからないわ」
クリスティーンはまた天井を見た。
数秒そのまま見つめた後、
「あ!」
と声を発し、そして目を大きく開いて、シャーロットに問いかけた。
「もしかして、シャーロットちゃん、悪魔がこの世界にいると信じてるの?」
「うん、そうだよ・・・」
不思議そうにシャーロットはそう答えた。
「なるほど!それだ!」
クリスティーンはそう叫んだ。
「どういうこと?」
シャーロットは首を再び傾げた。
「わかったの!大丈夫!わたしがいるから、あなたは、絶対不幸せにならないわ!だって、この問題なら多分解けそうだわ!」
「問題が解けるって?」
「つまり・・・もう大丈夫!わたしが助けてあげる!」
「本当に?」
「うん!」
クリスティーンは問題が解決できるかどうかについては正直不安もあったが、どの道この問題に向き合うことことでシャーロットとの関係は深まることは確かだったので、結果プラスしかないと計算で導き出し、そう答えた。
「私も手伝うわよ」
と目を光らせた猫のような顔をした母が紅茶を運びながらそう答えた。
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