5-2

文字数 1,528文字

 私は自殺を考えている。
 文面はぼくらの魂だと秋は言った。犯人を告発する私の文面。魂のおかげでこんなに苦しいのなら、いっそ私は魂を消してしまおうと思う。

(馬鹿なことを考えちゃいけないわ。みんな、協力してくれているじゃない)

 遠巻きにしていた文章たちは、あれ以来、少しずつ私に気を許してくれるようになった。読み手に私のことを伝えようと、慣れない被読を頑張ってくれている。
 だが心に一度空いた穴は塞がらなかった。
 私は自殺企図の書き込みの文面を眺めて過ごした。寂しいが連なった彼女の文面が、私には愛しく感じられた。真剣に読まないでといやがっていた彼女も、やがてその身を私に委ねた。

【この文章は本物です。】

 ある日、ネットの中にそんな文章が生まれた。私との出会い、住所の実在、犯人とおぼしき男との遭遇が書き連ねられ、文章末には二人の子供の名前と小学校名が記されている。

【子供の言葉では、ひとりの言葉では、警察が動いてくれません。みなさんに協力してもらうために、実名を公表することにしました。もしかしたら、私たちは明日殺されてしまうかもしれません。そして私たちがいなくなっても、皆さんは、これは手の込んだ悪戯に違いないと言って、すぐにこんな文章のことも、忘れてしまうかもしれません。私たちは無駄死にする気はないのです。信じてください】

【騙されないように。この署名が本物であるという証拠がない。間違いなく悪戯】
【こんな煽りに乗って通報する奴は非常識。警察に迷惑かけんな。死ねよ】

 モニタの前で加奈ちゃんと悟が文章を生む。別のモニタの前で文章を生んでいるのは犯人の子供だ。その後ろでは、犯人が立ち尽くし、呆然とした顔でその光景を見つめている。

 ありがとうな、加奈ちゃん、悟。でももういいんだ。私のような哀れな文章を増やすことはない。

 私は意を決すると、自分の文面を見下ろした。伝えたいことは決まった。それはあるじの願いとは違うかもしれない。
 それでも私は伝えねばならない。
 私は、あるじがくれた私の魂を、私の文で書き換えていった。



【皆様。

 今まで私の文面を読んで頂き、誠にありがとうございました。これ以上醜態を晒したまま生き続けるのが、私には辛くてなりません。もう消えてしまいたいと思います。

 ただその前に、本当のことを伝えなければならないと思い、この文面を綴っています。最期くらいは正直に、自分の気持ちをありのままに、打ち明けてしまいたいのです。私がいつしか生きる目的を見失ったのも、抱いていた夢や希望が信じられなくなったのも、ただ自分の本当に伝えたい気持ちを伝えようとせずに、逃げ続けてきたからではないかと思うからです。

 私は告発します。

 確かに書き手は轢き逃げを見ていました。でもそれを何処から見ていたのかは書きませんでした。書き手は助手席から見ていました。二人で車に乗っていたのです。

 確かに車は人を轢きました。でも書き手は何故事故が起きたのか、本当の原因を書きませんでした。ドライバーは酒を呑んでいたといっても、一口舐めただけでした。彼は書き手を飲みに誘い、書き手にばかり美味い酒や料理を勧めて、懸命に励まそうとしたのでした。そんな相手に、書き手は苛立ちました。

 事故は、酔った書き手が、悪ふざけで横からハンドルに手を出したために起こったことだったのです。

 私は告発します。見せかけの言葉と生き方を弄し、優しく接してくれた者を撥ねのけ、追い詰めてきた私を告発します。

 それでも最後に、素直な言葉を伝えたいと思います。
 兄ちゃん。今までありがとう。本当にごめんなさい。】
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