act.04-01 ワンちゃん出してもらう?
文字数 1,533文字
国道を折れ、外壁が青く塗られた幼稚園のある角を、右へ。
ジャングルジムや滑り台が並べられた、広い園庭。その隣にある煉瓦造りの一軒家の、さらに隣の白塗りが七尾海斗の家だ。映像では見慣れた家を通り過ぎて、百メートルほど先まで車を進めさせた。つまり、海斗の家から見れば「右側」だ。
住宅街の六メートル道路。襲撃前、犯行グループの黒いワゴン車は大きな木の枝の下に隠れるような位置に止まっていた。根元の直径が一メートル以上あり、区の<保存樹木>を示すプレートが掲げられたケヤキの老木だ。
鷹は、そのケヤキから少し離れた場所に車を止めさせた。ジェーンもそれに倣 うように、車の後方に化け物バイクを止めていた。幸運なことに人通りはなく、家屋の窓から覗いてくる好奇の視線も見当たらなかった。
デバイスを操作して、海斗襲撃の映像を遡 る。黒いワゴン車の到着は、犯行のわずか五分前。その間ずっと息をひそめて海斗の到着を待ち、ひとりだけが車を下りて襲撃を実行した。
「この場所、視界の確保が容易だし自分の身も隠せるね。犯人さんたち、ずいぶん念入りな下見をしたのかも」
打つ手なし、といった風情でジェーンが唇を噛む。海斗の通学経路は、自宅を出て「左側」へと歩く。バス停がそっちの方向にあるからだ。すなわち、「右側」への警戒は甘かった。落ち度だった。
「ああ。道路が一直線だし、ここなら海斗の動きもよく見える」
煙草の吸い殻でも落ちていれば犯行グループに迫る手がかりになるのだが、やってきた六人が十二の目でくまなく見渡してもゴミひとつ落ちていなかった。顕微鏡レベルの遺留品を捜すなら話は別だが、今はそれをする必要もない。
「無理っぽいね。髪の毛一本も出そうにない」
アスファルトのかけらを軽く蹴りながら、ジェーンが嘆く。いや、嘆くという表現はふさわしくない。正しい判断をしただけだった。犯行グループはかなり周到だ。初歩的なミスをしでかすとは考えにくかった。
「ま、何も出ないだろうな。車から下りたのはひとりだけだし」
ここに来たのは、念には念を入れ、のつもりだった。最初から、証拠らしいものが出る可能性などゼロだろうと踏んでいた。むしろ、ゼロだという確証を得ることが重要だった。それだけのことが、いつか何かの役に立つ。
「鷹、どうする? 警察に頼んで、鑑識のワンちゃん出してもらう?」
いや、そんなことしても無意味――と言いかけたときだった。一本道の先、幼稚園のある角を曲がって、ひとりの少年が歩いてきた。背格好が似ていた。彼に。
「ジェーン。あれ、海斗か?」
「……嘘でしょ!?」
彼女はすぐさまデバイスを開く。鷹は目を凝らして、制服姿でのんびりと歩いてくる少年の姿を注視した。釘づけになっていた。
「おそろしく似てるぞ」
「海斗はまだワゴン車の中。別人だよ」
「でも、歩き方も同じじゃないか」
「だね……。誰なんだろ」
鷹たちが立っている場所からは、それなりに離れている。それでも瞬時に識別できるほど海斗にそっくりの少年は、隣家から出てきた女の子と話し始めた。確か、幼なじみの子だ。
そのふたりに男が近づいた。次の瞬間だった。
「おい! ジェーン!」
「先に行く!」
ジェーンはバイクにまたがって、化け物エンジンに火を入れた。連れてきていたふたりの局員が後部座席とサイドカーに飛び乗る。それだけの重量がありながら、バイクは強大な馬力にものをいわせて一瞬で加速していく。
鷹もワゴン車に飛び乗った。運転席に一番近い場所にいた。着座するなりエンジンをかけ、鈍いアクセルを蹴り込んだ。またタイヤが鳴いた。
ジャングルジムや滑り台が並べられた、広い園庭。その隣にある煉瓦造りの一軒家の、さらに隣の白塗りが七尾海斗の家だ。映像では見慣れた家を通り過ぎて、百メートルほど先まで車を進めさせた。つまり、海斗の家から見れば「右側」だ。
住宅街の六メートル道路。襲撃前、犯行グループの黒いワゴン車は大きな木の枝の下に隠れるような位置に止まっていた。根元の直径が一メートル以上あり、区の<保存樹木>を示すプレートが掲げられたケヤキの老木だ。
鷹は、そのケヤキから少し離れた場所に車を止めさせた。ジェーンもそれに
デバイスを操作して、海斗襲撃の映像を
「この場所、視界の確保が容易だし自分の身も隠せるね。犯人さんたち、ずいぶん念入りな下見をしたのかも」
打つ手なし、といった風情でジェーンが唇を噛む。海斗の通学経路は、自宅を出て「左側」へと歩く。バス停がそっちの方向にあるからだ。すなわち、「右側」への警戒は甘かった。落ち度だった。
「ああ。道路が一直線だし、ここなら海斗の動きもよく見える」
煙草の吸い殻でも落ちていれば犯行グループに迫る手がかりになるのだが、やってきた六人が十二の目でくまなく見渡してもゴミひとつ落ちていなかった。顕微鏡レベルの遺留品を捜すなら話は別だが、今はそれをする必要もない。
「無理っぽいね。髪の毛一本も出そうにない」
アスファルトのかけらを軽く蹴りながら、ジェーンが嘆く。いや、嘆くという表現はふさわしくない。正しい判断をしただけだった。犯行グループはかなり周到だ。初歩的なミスをしでかすとは考えにくかった。
「ま、何も出ないだろうな。車から下りたのはひとりだけだし」
ここに来たのは、念には念を入れ、のつもりだった。最初から、証拠らしいものが出る可能性などゼロだろうと踏んでいた。むしろ、ゼロだという確証を得ることが重要だった。それだけのことが、いつか何かの役に立つ。
「鷹、どうする? 警察に頼んで、鑑識のワンちゃん出してもらう?」
いや、そんなことしても無意味――と言いかけたときだった。一本道の先、幼稚園のある角を曲がって、ひとりの少年が歩いてきた。背格好が似ていた。彼に。
「ジェーン。あれ、海斗か?」
「……嘘でしょ!?」
彼女はすぐさまデバイスを開く。鷹は目を凝らして、制服姿でのんびりと歩いてくる少年の姿を注視した。釘づけになっていた。
「おそろしく似てるぞ」
「海斗はまだワゴン車の中。別人だよ」
「でも、歩き方も同じじゃないか」
「だね……。誰なんだろ」
鷹たちが立っている場所からは、それなりに離れている。それでも瞬時に識別できるほど海斗にそっくりの少年は、隣家から出てきた女の子と話し始めた。確か、幼なじみの子だ。
そのふたりに男が近づいた。次の瞬間だった。
「おい! ジェーン!」
「先に行く!」
ジェーンはバイクにまたがって、化け物エンジンに火を入れた。連れてきていたふたりの局員が後部座席とサイドカーに飛び乗る。それだけの重量がありながら、バイクは強大な馬力にものをいわせて一瞬で加速していく。
鷹もワゴン車に飛び乗った。運転席に一番近い場所にいた。着座するなりエンジンをかけ、鈍いアクセルを蹴り込んだ。またタイヤが鳴いた。