第1話 とある皇子の境遇
文字数 2,040文字
だだっ広い草原に、穹廬 と呼ばれるテントのような移動式の住居がいくつも寄り集まっている。
「はぁ……」
その一つの中で、一人の少年が、寝台に寝転がりながら溜め息をついていた。その体には何一つ身につけておらず、汗や体液に塗 れている。
この少年、劉雍 は、中華を統一した王朝、籐 の皇子 である。貴い血筋を持つのみならず、彼はこの世に比肩するもののない麗しい容貌を持つ美少年であった。白磁の如き肌、秀麗な目鼻立ち、艶のある長い黒髪、そして左の目元にある黒子 は、万人を虜にせんばかりであった。
この美少年が、豊かな籐の地から遠く離れた草原の穹廬にいることには、とある事情がある。
中華の地の北辺には、毎年決まって秋になり馬が肥えると、騎馬民たちが大挙して押し寄せ劫掠 に励む。家畜、穀物、人、それらに暴風の如き侵略者たちが蝟集 し奪い去ってゆくのである。
その騎馬民たちを統一した、強力な部族が登場した。それが、馬孫と呼ばれる騎馬民である。馬孫は、卑宝利 という名の伝説的女王により形成された、女だけで構成される奇異な騎馬民集団であった。普段は遊牧で暮らしながら、繁殖の際には他国から奪い取り連れてきた兵士などを寄って集って凌辱し、枯れ果てるまで胤 を絞り上げる。そうして生まれた子が女であれば戦士として徹底的に育て上げ、男であれば奴僕の身分に落とし女たちの社会から遠ざけ、一定の年齢となれば神への贄として捧げるために命を奪うこととなっている。
籐の建国の祖である初代皇帝劉管 は、四十万という大軍勢を率いて馬孫を討伐しようとしたが、精強なる馬孫軍の前に返り討ちに遭ってしまった。その結果、籐と馬孫の間には、籐の皇子を送って馬孫女王の夫とし、毎年貢物を贈るという屈辱的な和議が締結された。そうして今日まで続いてきたある種の土下座外交が、騎馬民たちを夷狄 と呼んで蔑んできた籐人 たちの矜持をどれ程毀傷したかは察するに余りある。
今の馬孫の女王は弁麗 という者であり、その即位に当たって、十三歳になったばかりの劉雍は、彼の人気を妬んだ兄である今上皇帝の思惑によって、半ば厄介払いのような形で女王の夫に選ばれ送られてしまった。王庭 と呼ばれる首都機能を持つ集落で、弁麗と顔を合わせた劉苑が最初に抱いた感情は「恐怖」であった。女王にだけ恐怖したのではない。籐の都にいる柳腰 の美女たちと、それらとは一線を画する馬孫の女桀たちを、同じ女人 とは思えないでいた。その初夜、怯えて引き攣 った顔をしている劉雍を、弁麗はその太腕で寝台の上に乱暴に倒し、この流麗 な美少年の操を奪ったのであった。
移動の自由は、一切なかった。王庭を移動させる際や、たまに女王の巡幸に連れ出される以外は、ずっとこの穹廬に幽閉されている。何度か、穹廬からの脱走を考えたこともある。けれども、王庭だけあって警備は厳重であり、結局それを行動に移すことはしなかった。王庭は、彼にとってまさしく鍵のかかった檻そのものであった。
疲労で五体の萎えた劉雍の耳が、足音を拾った。首を動かして穹廬の入り口を見ると、筋骨隆々とした馬孫の女が中に入ってきていた。夏であるためか、腕や脚を露出させるような軽装をしていたが、その姿は、まるで逞しい筋肉を見せつけるかのようであった。
弁麗は、自分の部下たちにも、自らの夫である劉雍を手籠めにさせた。代わる代わる違う女が現れては、その幼い肉体を辱めた。抵抗などは、一切できなかった。この与えられた穹廬の中で、劉雍は彼女の玩具となるより他はなかった。
事が終わると、女は穹廬を退出した。もう、今日はこれで終わりだろう。疲れ果てた劉雍は、泥のように眠った。
明くる朝、劉雍は近く川で身を清めた。傍には、屈強な女二人が、じっと劉雍のことを監視している。その虎狼のような猛々しい目つきは、彼から脱走の意志を失わせるに十分なものであった。
穹廬に戻ると、三人の女が待ち構えていた。その中の一人が、嗜虐的な笑みを浮かべると、
「跪 け」
と一言、劉雍に指図した。当初は馬孫語など全く分からなかった劉雍も、今は彼女たちの話す言葉がすっかり理解できてしまうようになっている。言われるがままに伏せた劉雍の頭を、その女は踏んづけた。曲がりなりにも皇族の血を引く彼である。このような辱めがどれ程その心を傷つけるかは、察して然るべきである。
その日は、その三人の他にも、さらに二人の女の相手をした。その容貌の麗しさ故に、劉雍はすっかり、王庭の女たちの慰み物と化していたのである。
気が狂いそうな生活を、劉雍は一年と半年続けた。彼が狂わずにいられたのは、ある一つの希望を信じていたからであった。
「はぁ……」
その一つの中で、一人の少年が、寝台に寝転がりながら溜め息をついていた。その体には何一つ身につけておらず、汗や体液に
この少年、
この美少年が、豊かな籐の地から遠く離れた草原の穹廬にいることには、とある事情がある。
中華の地の北辺には、毎年決まって秋になり馬が肥えると、騎馬民たちが大挙して押し寄せ
その騎馬民たちを統一した、強力な部族が登場した。それが、馬孫と呼ばれる騎馬民である。馬孫は、
籐の建国の祖である初代皇帝
今の馬孫の女王は
移動の自由は、一切なかった。王庭を移動させる際や、たまに女王の巡幸に連れ出される以外は、ずっとこの穹廬に幽閉されている。何度か、穹廬からの脱走を考えたこともある。けれども、王庭だけあって警備は厳重であり、結局それを行動に移すことはしなかった。王庭は、彼にとってまさしく鍵のかかった檻そのものであった。
疲労で五体の萎えた劉雍の耳が、足音を拾った。首を動かして穹廬の入り口を見ると、筋骨隆々とした馬孫の女が中に入ってきていた。夏であるためか、腕や脚を露出させるような軽装をしていたが、その姿は、まるで逞しい筋肉を見せつけるかのようであった。
弁麗は、自分の部下たちにも、自らの夫である劉雍を手籠めにさせた。代わる代わる違う女が現れては、その幼い肉体を辱めた。抵抗などは、一切できなかった。この与えられた穹廬の中で、劉雍は彼女の玩具となるより他はなかった。
事が終わると、女は穹廬を退出した。もう、今日はこれで終わりだろう。疲れ果てた劉雍は、泥のように眠った。
明くる朝、劉雍は近く川で身を清めた。傍には、屈強な女二人が、じっと劉雍のことを監視している。その虎狼のような猛々しい目つきは、彼から脱走の意志を失わせるに十分なものであった。
穹廬に戻ると、三人の女が待ち構えていた。その中の一人が、嗜虐的な笑みを浮かべると、
「
と一言、劉雍に指図した。当初は馬孫語など全く分からなかった劉雍も、今は彼女たちの話す言葉がすっかり理解できてしまうようになっている。言われるがままに伏せた劉雍の頭を、その女は踏んづけた。曲がりなりにも皇族の血を引く彼である。このような辱めがどれ程その心を傷つけるかは、察して然るべきである。
その日は、その三人の他にも、さらに二人の女の相手をした。その容貌の麗しさ故に、劉雍はすっかり、王庭の女たちの慰み物と化していたのである。
気が狂いそうな生活を、劉雍は一年と半年続けた。彼が狂わずにいられたのは、ある一つの希望を信じていたからであった。