7:現場到着につき状況開始 2
文字数 2,148文字
サーニャちゃんが足を向けた先には、多くの人が居ました。
そこに居る人々は、災害の発生によって居場所を失った人間と、それらの人々を誘導あるいは護衛するための人間でした。
サーニャちゃんが近づいていったのは、その中でもひときわ大きな声で言い争う三人が居る場所でした。
子どもが助けを待っているかもしれないんです! お願いします!
(子どもとはぐれた親が駄々をこねて。
周囲の人間はそれをわかっているから止めなくて。
その気持ちを理解できるからこそ、対応者も強くは出られない)
それは、災害が起こってしまった現場では、よくある光景なのかもしれません。
しかし、それらはサーニャちゃんにとっては関係のないことでした。
だから、それが人によっては同情や憐憫を誘うような光景だったとしても。
サーニャちゃんからしてみれば、神経を逆撫でされるような不快感しか浮かびませんでした。
サーニャちゃんの呟きは誰にも聞こえませんでした。
ただ、サーニャちゃんがその光景を見てどう思ったのかは、彼女の次の行動を見れば誰にでもわかることでした。
近づいてきたサーニャちゃんに近づいた誰かが声をかけて。
サーニャちゃんはすぐにその誰かの鳩尾に鋭い前蹴りを入れて黙らせた後で。
サーニャちゃん曰く、駄々をこねる女性にまとわりつかれていた誰かも殴り倒しました。
そしてサーニャちゃんは、目の前でいきなり行われた理不尽すぎる暴行を見て固まってしまっている女性に視線だけを移すと、笑いながら話しかけました。
あなたも、自分の失敗を無しにしたいからと言って、他人の時間を奪ってはダメよ。
さっさと指示に従って移動なさい。
ただし、その言葉の内容は決して女性を擁護するものではありませんでした。
彼女の行動を嗜めるだけのものでした。
――サーニャちゃんの言葉が聞こえて、周囲は一気に静まり返りました。
もっとも、その沈黙は一瞬だけのものでした。
すぐに周囲はサーニャちゃんの発言を批難する声でいっぱいになりました。
――親を想う子の行動に罪はないと。
――それらの行動を止めようとするおまえらこそが悪だろうと。
――それを責めるのはおまえらの責任転嫁じゃないかと。
周囲の声は口々にそう言いました。
サーニャちゃんの目の前に居る女性も、最初の内は周囲の声に応じるように、似たような言葉を口にしていました。
周囲から槍玉にあげられているサーニャちゃんの表情が微塵もゆらがないのを、最も近くで見ていたからでした。
彼女自身が言葉を作る度に、その視線は温度を下げ――どうしようもないものを見ているような蔑んだものへと変わっていく様子を目の当たりにしたから、心胆が冷えたのかもしれません。
――様子がおかしいと周囲が気がつき始めたのは、完全に彼女が黙って少し経ってからでした。
サーニャちゃんはそれを待っていたと言わんばかりの絶妙なタイミングで話し始めました。
……もう十分に気は済んだかしら? 頭は冷えたかしら?
そしてそう問いかけた後で、大きく長いため息を吐いてから続けます。
私はこの状況を解消するためにここに来たんだけど。
今の無駄なやり取りで過ぎてしまった時間で、いったいどれだけ被害が拡大したんでしょうね?
一息。サーニャちゃんは彼女に一歩近づいて、視線をあわせてから口を開きました。
――勘違いしないでちょうだいね?
いや、この場合は安心してもいいわよ、の方が正しいのかしら。
今もこうしている間に出た被害は、私が小さなことを見過ごせなかったせいで生じたものだと見做されることでしょうし。
もちろん、あなたたちのせいで起こったものと認識されることはないでしょうからね。
でもね、私がしばき倒した無能共のおかげで助かった命もあったかもしれないのよ。
あなたたちがやっていたのは、そういう足止めなの。
……あなたが、名前も知らない誰かの命よりも腹を痛めて生んだ子どもの命の方がかわいいと、そう思う気持ちを、私は否定するつもりはないけれど。
もしも本当にそう思うのなら、あなた自身の口から言ってみたらいいわ。
――今この瞬間に生きているか死んでいるかもわからない自分の子どものことを、他の誰よりも優先して助けて欲しいと。
そう言えたのなら、私は他の誰かに批難されることも厭わずに尽力してあげるわよ?
サーニャちゃんの言葉を聞いて、彼女が返した反応は沈黙でした。
彼女は視線を地面へと向けて、うなだれました。
……まぁ今回の件で一番サイテーだったのは、間違いなくこの無能どもだけど。
ちゃんと強く断って職務を果たしなさいな。
そうすれば、私がここで時間を食うことなんてあり得なかったんだから。
サーニャちゃんは彼女の反応を見てため息をひとつ挟んでからそう言うと、踵を返して、その場から離れるように歩き出しました。
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