せっかくなのでゆっくりしてみる右京

文字数 2,146文字

右京は結構身近な異世界に飛ばされて、カレーを作り、音音を満足させた。

そして、その後の目標を見失ってしまった。

音音が食べ物をくれるし、特にやることもない。

まあ食べ物はランチパックだが。

怠惰だな。

いや、俺が焦ってるだけか。

無為に過ごす毎日を、異世界に来たんだから味わってみようかね。

いいじゃん。

別にもう学校に行く必要もないんだろう?

通学の義務もないんだから、適当な毎日でいいんじゃないかな?

と、言われてもね、軽く散歩くらいはしといたほうがいいんじゃないかな。

部屋に籠ってばっかりだと運動不足になるし。

だったら散歩でもすればいいよ。

自分の好きなように生きたらいい。

そうして右京は音音の部屋を出て、スラム街の一番上を目指すのだった。

かろうじてエレベーターが使えるようで、右京はそれに乗ってスラムの頂上を目指す。

大きい建物だな。
エレベーターの窓から時折見せる人々の暮らし。

あまりにも貧しい暮らしのようだったが、そこには人の温かさがあった。

これほどまでに貧しい生活を人々が強いられているなら、この国の経済は死んでいるだろう。

だけれども、どうしてか、不幸そうな顔をしている人はどこにもいなかった。

右京は自分自身の幸せの定義を揺るがされた。

国が言うには、お金をたくさん稼いで立派な家に住んで上等な仕事に就くのが幸福なことだとされている。

しかし目の前の人間たちは、お金があるわけでも家が立派なわけでも、仕事についているかどうかさえ怪しい。

それでも幸福そうなのか。
エレベーターは右京をスラムの最上階へいざなった。
誰もいない……。
右京はほんの少しの孤独を味わった。

ここには右京以外誰もいない。

静かで、本当に静かで、ビルの足元を濡らす波の音だけが聞こえていた。

右京はその最上階の片隅に座り込んで、思索にふける。
なんだろうな……俺は人々を進化させようと思って生きていた。

だけれども、この世界の人間は、未来の人間はむしろ退化している。

それじゃあ人間は強くなれない。

愚かな。

強さだけがすべてだと思っているのか?

そうだよ。

だって強くなくちゃ生き残れないじゃないか。

違いますね。

強さはさておき、助け合って生きるのが人間。

そうじゃない?

音音はあの状態だったけれど、あなたに頼っておいしいごはんを食べることができたでしょう?

それは強さよりも大切なことなんじゃない?

そうだな。

強さよりも大切なものはある。

俺も、前の一生は素直に甘えられないから孤立してたんだ。

どうしたもんかな。

これから。

これからどうやって生き方を変えていったらいいのか。

そんなの簡単だよ。

自分から変わっていけばいいんだ。

自分から変わるか。

いまさらできるのかね。

こんな個性の塊が……。

いいや、変わっていくしかないな。

結局のところ、人間は一人じゃ生きられないんだから。

今はこうして孤独を満喫しているけれど、いずれは、この世界に溶け込んで一人の住人として生きなくちゃいけない。

養ってくれている相手の音音とも関係を築いていかないといけない。

孤独は好きだけど、孤独だけでは生きていけない。

右京は自分自身の強い自我を否定した。

この世界で自分自身を強く持って生きるより、この世界に適応して、溶け込んで生きることを選択した。

以前生きていた世界の、人ごみ、雑踏、ノイズの溢れかえる世界では考えもしなかったことだ。

こんな大切なことを右京はこの世界にきてようやく気付いたのだ。

まあ、少しずつ友達を作っていくしかないんじゃないかな?

変に価値の基準に自分を立ててないで、人と仲良くやっていたほうが幸せな人生を送れるんじゃない?

そうだな。

そのほうがいいよ。

ほのかに、右京は風の心地よさを感じた。

海から吹いてくる潮風の心地よさだ。

ほんの少し海の潮の香りがする。

波の音がとても心地よい。

時刻は午後6時、夕日が海に沈んでいくのをその目で見ることができる。

その沈んでいく夕日が、とても美しく、右京はとても静かな心境になった。

なあ、女神たち。

夕日はどうして懐かしい気持ちになるんだろうな?

懐かしさ?

右京には懐かしさを感じるほど生きているわけないじゃないか。

そんな奴が懐かしさなんて言うなよ。

そうか?

でも、俺は今見ている夕日にとても懐かしさを感じているけれどね。

確か、夕日を見ていると、その日一日に何があったのか思い出させてくれる力があるって誰か言ってたよ。

誰だったかは覚えてないけど。

誰が言ってたのか思い出せないの?
思い出せない。

まあ、そんなことはどうだっていいんだよ。

今大切なのは、今俺がどんな気持ちになっているか。

夕日を見て、心が安らいでいる、それでいいんだ。

人類を進化させようとか、そういう目論見はどうするの?
どうでもいいよ。

そんなの。

進化していくことよりも、今ここで生きている人たちのほうが大切だ。

人々の生活を変えてまで、進化させていく必要なんてどこにもない。

じゃあ、右京は自分が存在している理由を撤回するんだ?
そうだね。

もう俺は俺の考え方だけじゃ生きていけない。

自分から歩み寄っていかないと。

それでいいと思うよ。

人間なんて所詮は動物なんだから。

変に難しいこと考えてないで、その場その場楽しければそれでいいじゃない。

さあ、十分にリラックスできたし、音音の部屋に戻るか。

次は掃除もしてやらないとな。

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登場人物紹介

秋山右京

自称、天才

実際頭がよく運動もできる平均的なエリートで人類を進化させようという妄想を抱いている。

でも生放送顔出し時はマスクをしている平均的なやつ。

タイムトリッパー

右京の異世界転生を実況、解説する女神の一人

時間の流れを無視して過去へ行ったり未来へ行ったりできる

トゥモーローウィズアウトトゥデイ

右京の異世界転生を実況、解説する女神の一人

特定の時間をなかったことにすることができる

フォトショップ

右京の異世界転生を実況、解説する女神の一人

時間を止めることができる

音無音音(おとなし ねね)

異世界転生によくいる奴隷系ヒロイン

飯がまずく、掃除もまともにできない

挙句の果て風邪をひいて右京に面倒を見てもらってからは生活を右京に依存している

三軒茶屋紡子(さんげんちゃや ぼうし)

スラム街の一角で喫茶店を経営する女性

喫茶店がある段階でスラムなのは微妙なのでこの文章は矛盾を孕んでいる

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