第1話

文字数 1,903文字

月曜昼
「昨夜、俳優の○○さんが肺結核で亡くなられました。三十六歳でした。○○さんは、数々のドラマや映画作品に出演し、アカデミー賞主演男優賞を受賞するなど俳優として高い評価を受けていました。また、コミカルな演技が人気でお茶の間にも愛される俳優でした。○○さんの早すぎる死に芸能界からも多くの方から悲しみの声が出ています。」
私は、スマホを片手にニュース番組を見ていた。
「いや~、映画界の宝とも言うべき人がこんなにも早く亡くなってしまうなんて、、、。」
「あんなに皆に分け隔てなく優しくて、、、、、、、、、、」
テレビに出ているコメンテイターの人たちが悲痛な顔を浮かべている。
私が手に持っているスマホの中にも溢れるほどの悲しみが渦巻いている。
またか、、、、、、。
心の中で私はそう思った。
このパターンは何度目だろう。
どんな内容が呟かれているか大体予想がついているが、私はツイッターでトレンド一位に浮上している#○○さんというツイートを検索した。
「○○さんが亡くなったって、、、。本当に大好きで○○さんの演技からあんなに元気貰ってたのに、、、、。悲しすぎる。」
「○○さんの演技がもう見れないなんて、、。これからの映画界に必要な人だったのに早すぎるよ。」
「人間いつ死ぬかわからないんだね。今を大切に生きないと。お悔やみ申し上げます。」
同じようなツイートが何件も何十件も何千件も呟かれている。

気持ちが悪い。

会ったこともない。テレビで見て一方的に知っているだけなのに何千にもの人が悲しんでいる。まるで、仲の良かったような友達のように。まるで、ずっと見守ってきた親族のように。芸能人が死ぬ度に悲しみを言葉にして、すぐに発信することに何の意味があるのか。
他の人と何が違うのだろう。
芸能人の死が多くの人に悲しまれているのを見る度に、「人間の命の価値の重さは等しい」なんて言葉は綺麗ごとで、確実に命の価値に差があると目に見えて感じる。
その死を悲しんでくれる人数が多ければ、多いほど命の価値が重いように見えるのだ。
他人に自分の死が悲しまれるのは心底気持ちが悪い。だが、自分の死に関心を持ってくれる人がこんなにも大勢いることが、なぜかどこか羨ましい。

私が死んだとき一体何人が悲しんでくれるのだろうか。

私が死んだとき悲しんでくれる人が多ければ多いほど私の命の価値は重い物になるのかもしれない。私の人生に価値があったと言えるのかもしれない。そうたまに思う。

日曜昼
日本中に悲しまれた○○さんの死から約一週間経った。
今日のネットニュースやテレビは政治家の横領疑惑や芸能人の不倫問題で盛り上がっている。
たった、一週間しか経っていない。
あんなに皆が悲しんだ○○さんの死から一週間しか経っていないのに、そのことはすっかり忘れ去られ、あの人の「死」という事実なんて元々なかったみたいに社会は変わらず動き続けている。
先週悲しみで溢れていたはずのツイッターが今は汚いゴシップで大盛り上がりだ。
「#□□不倫クソ」というトレンドが一位になっている。
日本中に悲しまれた○○さんがこの世からいなくなっても、社会は全く変わらないというのに、私が死んだあとわたしの事を覚えていてくれる人なんているのだろうか。

「何見てんの?」
私が一人ソファーで考え込んでいたところ、彼に後ろから声をかけられた。
彼は大学の同級生で、付き合って五年経つ。
「不倫問題か~。先週は○○さんの死に悲しんで、今日は□□さんの不倫に怒って、みんな感情が忙しいね~。」
彼は冷蔵庫から取り出してきたビールを一つ私に渡し、よいしょっと言ってソファーに座った。
「すごいよね~。○○さん一人の死にあんなにも多くの人が悲しむなんて。なんか命の価値の重さが一般人と全然違うな~って思った。」
彼が横にいたせいか、一週間溜まりに溜まったぎこちないこの感情を吐き出してしまった。誰かに打ち明けないと、この心に引っ掛かった悶々とした塊を取り出せそうになかった。
彼がビールを一口飲む。
「全然知らない人が綴った悲しみの言葉の数より、自分の死を心から悲しんで自分の事を忘れないでいてくれる大切な人が一人でもいてくれたら、自分の人生に価値はあったな~と思えるかな。僕は。」
「大切な人?」
彼が手に持っていたビールの缶を机に置く。

「うん。だから、僕は君が死んだら悲しいよ。一生忘れられないくらい。」

何か心に引っかかっていた塊が取れたような気がした。

「そっか。」
「そうだよ」
私はビールの缶を開けて一口飲んだ。









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