第96話

文字数 1,090文字

 山田さんの告白を聞いてから、頭の中で渦を巻いている。泰史が万引きしたという話を教室に持ち込んだのも、山田さんなのだろう。そうでないとしても、井崎さん。泰史のお母さんがそこまであからさまに喋るのかは分からないけれど、やはりどちらかから漏れたのだと思う。泰史のことを心配していると言いながら、泰史を不利な立場に追い込んでいるような気がする。それを山田さんがやっているのだと思うと、なんだか寂しくなってきた。
「黒木君、何か考え事? 頭いい人は大変だね」
 井崎さんがそう言って龍太をのぞき込んでくる。そう言えば昨日の話はどうしたんだろう。余計ややこしくなってもいけないが、少し違うことを考えるのはきっといいことだ。
「いや、なんでもない。それより井崎さん。昨日言ってたバスケのことだけど?」
 少し間をおいて井崎さんが答える。
「ああ、うん。今日はミニバスの練習に行こうかな。今日は大丈夫だけど、明日が生き物係の当番よね。黒木君、塾だよね?」
 井崎さんがこっちにも配慮してくれるのかと期待する。
「早めに掃除しようね」そういって笑う井崎さん。やっておくよ、という言葉を待っていた龍太だが、さすがにそれはない。当たり前か、と思うと龍太も笑顔になった。こっちは苦笑いというやつだが。
「で、野球のマネージャーは?」やはり小声になってしまった自分を、龍太は情けなく思う。
「うん、最初の準備はできそうだから、そのあと体育館に戻って練習に出ようかな、って」
「それ、いけるの?」
「大丈夫だと思う。でも、土曜日がね。あと火曜だっていつまでもつか分かんないけど」
 ちょっとうつむき加減になった井崎さんを見て、龍太はなんとかしてあげたいと思った。問題は井崎さんにではなく、やりたいことを素直にやりたい、と言いにくい環境にある。そしてその環境はきっと、鈴原さんが作っている。
「マネージャー、あんまり意味なさげなんじゃないの?」
 一層小声になっている自分に気付いて恥ずかしくなったが、その方が井崎さんもきっと安全だ。
「少なくとも三人は要らない。それよりも私はバスケやりたくなったんだよね。野球やってるみんなを見てたら余計に」
 思い切って鈴原さんに言えばいいのに、と喉元まで出かかったが、抑えてしまう龍太。ちょっと考えて、小さな声のまま、しかしはっきりと区切りながら次の言葉を発した。
「そうだ、そういうときこそ大人に頼ろう。監督さんが子どものそういう気持ちを大事に思わないはずはないと思うよ。監督って孝弘の伯父さんだろ? そしたら孝弘も井崎さんの味方になるだろうから、きっと納得されるよ」龍太は顎で窓側の列を指し示した。
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