第1話

文字数 2,189文字

「最後の三分間」 作:伏見判治(ふしみはんじ)(東京拘置所所蔵)

 いわくつきの芸術家として広く知られる伏見判治、最後の作品。材質こそこれまでの作品と同様に骨材を用いているが、狂気的とまでに評された過剰な装飾はなりを潜め、簡素な造形の二匹の蛇が絡みあい、見る角度によっては花のようにも、蝶のようにも見える立体物を作りあげている。また、彫刻に光を当てることで壁に髑髏のような影が浮かびあがり、一説には作品全体を通して輪廻転生を表現したとも言われている。なお現在は東京拘置所に所蔵されており、一般公開はされていない。

――――

「作品を語るうえでかかせないのは、それを作りあげた芸術家がいかなる人生を送ってきたかということだ。経験が多彩な表現を生み、記憶が独創的なアイディアを閃かせる。伏見判治が生涯にわたって骨を題材に選び、生と死を彫り続けた事実についても同じことが言えるだろう」
「はあ……。しかし私は医者ですので、芸術のことはさっぱり。それよりも今はですね、あなたのレントゲン写真について」
「すみません、できれば最後まで聞いてください。これはとても重要な話なのです。いいですか、伏見判治は幼少期に親から虐待を受け、衰弱死寸前のところで助けられた。その後は施設に送られ苦労しながらも勉学に励み、やがて飲食店の社員として働くようになった。そうして順風満帆とは言えないながらも、ようやくささやかな平穏を手にしたところで……今度は食中毒事件が起こり会社が倒産」
「ひえ、まさにどん底の人生ですね」
「こんな大病院のお医者さまである先生からしてみれば、それこそ悲惨だと思うでしょうね。とはいえ芸術家伏見判治は、そのどん底の中で生まれ変わるのです。大量の借金を抱えてホームレスとなった彼はあるとき、残飯を漁ったあとに残ったフライドチキンの骨を使って造形物を作りあげます。それがなんと権威ある美術評論家の目にとまり、そのまま一気に個展を開くほどの彫刻家に成り上がっていったのですよ」
「おお、それはすごい。言われてみれば私も、彼の名前には聞き覚えがありますね。しかし……あまりよいニュースではなかったような」
「でしょうねえ。彼はその筋のものの間では有名ですから。伏見判治の作品は世界的に高く評価され、妻子を得、ついに人並み以上の幸福を手に入れるのです。ところがここでまた、彼はどん底に突き落とされてしまう。とはいえそれは自業自得、というより当然の帰結とも言えるわけですが」
「はて、いったいなにが起こったのですか」
「起こったというより、起こしたと言うべきでしょう。盗みですよ」
「作品が盗まれたのですか、それともお金?」
「いいえ、伏見判治が盗んだのです。あろうことか、とある博物館に展示されていた恐竜の化石をね。なにせ当時の彼は骨材を用いて作品を彫ることに異常とも言える執着をもっていましたから、普通の骨では我慢できなかったのでしょう」
「ああー! だから私もその名前に聞き覚えがあったのですね。芸術家が窃盗、しかも作品のために。なんとも衝撃的なスキャンダルだ」
「スキャンダルなんてものじゃありませんよ。だってこの話には続きがあるのですから。こうして東京拘置所に収容されることになった伏見ですが、警察が余罪について調べてみた結果、出るわ出るわ、これまた凄まじいものでした」
「と、言いますと?」
「まず窃盗、次に墓荒らしです。民家やペットショップから犬や猫、爬虫類やげっ歯類を盗んで殺して素材にするわ、他人の墓を勝手に掘り起こして骨壺の粉を固めて素材にするわ、果てには動物園の飼育員を買収してコアラの骨を手に入れるなど、芸術家というより犯罪者と呼ぶのがふさわしい。そして果てには……殺人です」
「えっ!?」
「のべ十二人。年増もいかぬ少女と売春し、孕ませたあとに堕胎させ、胎児の亡骸を使って作品を彫っていたのです。伏見判治を高く評価していた評論家たちも、動物の骨であることは理解していましたが、まさか人骨を使っているとは考えもしていなかった。こうなるともはやただの犯罪者ではなく、殺人者です。それも身の毛がよだつほど、醜悪なね」
「で、彼はどうなったんですか?」
「死刑判決を受けました。伏見判治の遺作は東京拘置所にて、死刑執行の直前に完成したと言われています。タイトルは最後の三分間」
「死ぬ三分前に、ということですか。恐ろしい話ですなあ」
「いやいや、恐ろしいのはここからです。さきほど死刑執行の直前に完成した、と言いましたが、実のところ作品が発見されたのは彼の死後でした。いったいどこにあったと思います?」
「まさか……いや、そんな……」
「そのまさかですよ、最後の三分間は彼の遺体の中から発見されました。しかも、女性であればちょうど子宮がある位置に。私は知人のコネで実物を拝むことができましたが、あんなものを生きたまま体内に入れることができるとは思えない。関係者が調べても、いまだにどうやったのかわかっていないというのです」
「あなたが最初に、重要な話をしていると言った意味がよくわかりました。で、このレントゲンに写っているものについてなのですが……」
「はい。私も正直、恐ろしくて恐ろしくてたまりません。今もこの身体の中に――伏見判治の作品が入っていると考えると」
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