第14話 結界

文字数 2,177文字

 本家に行って話を聞いてくれと言う真理子の願いを、正語(しょうご)は承知した。
 真理子の必死さに心打たれたというより、女の左目に惹かれた。

 あの目を見ただけで、こんなにゾクゾクするとは……。
 (俺って、ホントかわいいよな)
 と正語は自嘲した。

 真理子はホッとした顔で礼を言い、「私、バックが苦手なんです。この車に乗せて下さい」と、自分の車に戻っていった。

 正語の車が通れるように真理子が自分の車を脇に寄せている間、正語は車を降りて真理子を待った。
 
 真理子の車には車体のあちこちにキズやへこみがあった。

 (年式は古くもなさそうなのにな)

 運転下手は嘘ではないようだ。
 今もただ車を寄せるだけなのに、ひどく手間取っている。

 車を降りて、正語の元にやってきた真理子は「あら」と、いう顔で口に手を当てて立ち止まった。

 正語は気づいていたが、二人は偶然ペアルックのような服装だった。
 正語は濃紺のシャツにグレーのパンツ。女は紺のTシャツに灰色のジーンズ姿だった。

「……東京の刑事さんって、アウディに乗るんですね」と、真理子は赤らめた顔を車に向けた。

 (親父の車だけどな)

 自分の車で田舎道を走りたくはない。正思(しょうじ)の車を勝手に拝借してきたのだ。

 正語は悠然と微笑んだ。真理子を助手席に促すと、静かにドアを閉めた。


 
「……弟のコータは、高校でいじめを受けてから精神が不安定なんです……」

 車が走り出すとすぐ、真理子が言ってきた。

「一輝さんの遺体を発見した時も、ひどいショックを受けてしまって……」

 この女の弟が鷲宮一輝(わしみやかずき)の遺体の発見者かと、正語は軽く驚いた。

「まるで自分のせいで一輝さんが亡くなったように感じて、何日も苦しんだんです」

「何か根拠でもあるんですか?」 
 
「いいえ」と真理子は強く首を振った。きっと顔を上げて正語を見た。

「一輝さんは、事故死です! 弟は関係ありません」

 (面白い女だな)

 と、正語は真理子を横目で見た。
 真理子の青灰色の瞳に怒りが現れている。

 秀一(しゅういち)はこんな目はしない。いつも、どこを見ているのか何を考えているのか、わからないガラス玉のような目をしている。

 口調が強過ぎたと思ったのか、真理子は赤くなり、下を向いた。

「……コータを尋問するんですか?」

 (尋問かあ……あんまり、やったことないな)

「その時は私も同席させて下さい。あの子知らない人に話しかけられると、パニックを起こすんです」

「智和さんからは、コータくんを疑っているといった話は聞いていませんよ」

 智和から直接話を聞いたのは父親の正思だが、正思が作った容疑者リストに真理子の弟の名前はなかった。

「亡くなる直前、一輝さんは人と揉めていたとかで、智和さんはその事を知りたがっているようですよ」

「岡本さんのことですね。町の人たちは大袈裟に騒いでますが、二人の間に深刻な問題なんてなかったと思います。
 一輝さんは町の過疎化を心配していて、前の町長と一緒に移住支援制度を作ったんです。岡本さん親子もその制度を利用して町に来てくれたんだから、何か困っていたら助けるのが当たり前だって言ってました」

 それに、と真理子はにっこり笑って付け加えた。

「岡本さんのお嬢さんの涼音ちゃん、とってもいい子なんです。一輝さんが学費を都合しなくても、私が何とかしていました。うちのコータとも仲良くしてくれているんですよ」





 車は開けた場所に着いた。
 大きな切妻屋根を乗せた堂々たる門が建っていた。

「このまま真っ直ぐ行って下さい」
  
 真理子に言われて、正語は門の前を車で通り過ぎた。
 白壁に沿って走ると開け放たれた鉄の門扉が見えてきた。

 真理子は門を指差した。

「あの門から入って下さい」

 門の中は孟宗竹(もうそうちく)が生い茂る竹林が広がっていた。
 その竹林の中を乱張りされた石畳の道が伸びている。

 正語は周囲を伺いながら、ゆっくり車を進めていった。

 道の先に古い日本家屋が見えてきた。

「この辺に車を停めて下さい」と真理子がシートベルトを外しながら言った。

 正語はエンジンを切り、真理子に続いて車を降りた。

 車を降りた途端、

 (……妙だな)

 正語は立ち止まり、辺りを見回した。
 
「こちらへどうぞ」と真理子は、石畳の道を先立つが、正語は警戒したまま動かなかった。

 夏だというのに異常なほど空気が冷たい。
 風がそよとも吹かず、木々は停止したまま。
 公民館ではあれほどうるさかったセミの声が全くしない。
 そこは完全な静寂だった。

 竹林の奥に、高さ30センチほどの石が積まれているのが目に入った。
 山で見かけるケルンのようだった。

 正語は以前付き合っていた山好きの男の言葉を思いだした。
 『本来は慰霊や道標のためのものだったが、今では誰もが意味もなく面白がって石を積んでいく』と男は嘆いていた。
 
 正語が何の気なしにふらりと石の方に近づこうとした途端、後ろから真理子の大声がした。

「そっちは行かないで! 結界が張ってあります!」

 正語は振り向き、真理子を見た。
 『結界』など、日常ではまず聞くことのない言葉だ。
 だがこの女は霊媒師だったと思い出す。

「神秘的なお仕事をなさっているのでしたね」と、正語は可笑しそうに眉を上げた。

「……私は」と、真理子は困った顔つきで正語を見た。そして悲しげに横を向き、「この町の中学校で、教師をしています」と小さく言った。
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登場人物紹介

鷲宮秀一、主人公の高校生

九我正語(くがしょうご)、秀一の従兄弟、警察官

九我正思(くがしょうじ)正語の父親。人の恋愛感情を瞬時に見抜く特殊能力を持つ。

九我光子、正語の母親。秀一の伯母。

雅、介護士。雅は熟女スナックにいた時の源氏名。本名は不明

夏穂、秀一の幼馴染。秀一に片思い。

涼音(すずね)、秀一の幼馴染

武尊(たける)、秀一の幼馴染

賢人、秀一の甥っ子

真理子、みずほ中学の教師

コータ、真理子の弟、秀一の幼馴染

野々花、パンケーキ店の女主人

岩田、秀一のテニスの師匠

鷲宮一輝(故人)秀一の兄

鷲宮輝子(故人)秀一の母親。正語の母親、九我光子の妹

水谷凛、夏穂の従姉妹

鷲宮智和、秀一と一輝の父親

鷲宮高太郎、智和の兄

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