第2話 指は口ほどにものを言う

文字数 4,734文字

「そこなんですが、我々のとこも再度、調べ直してみたんですよ」
 吉田は例によって畠山に合図を送った。
「調べ直したとは、中田志帆子の閲覧履歴についてかね」
「ええ。より詳しく、何をしたかが分かるように」
 吉田のそんな応答に続けて、畠山が口を開く。
「そうした結果、彼女もまた入賀留一に向けての批判的な意見を、荒っぽい表現で書き込んでいたと分かりました。と言いましても死の直前とか当日とかではなく、犯罪に遭う一週間ほど前、時間帯から言って下校途中のバスの中だと思われます。何でも、所属事務所のトップが女性であることから、他に所属タレントは何人もいるのに入賀が猛プッシュされるのは女社長と恋愛関係もしくは肉体関係にあるからだ、なんて根も葉もない噂が流れていまして、その噂を根拠に入賀を叩いていました」
「そうだったか。見た目がかわいらしくても分からんもんだな」
 大下はまたしばし考え、思い出したかのようにやがて言った。
「一人目の大学生・浦崎には何かなかったのか。ネットで有名人を中傷する書き込みをしていた、という痕跡は」
「浦崎は、アステロイドっすの分裂後、このグループのニュースが報じられると見聞きしていたようです。そしてたまにメンバーを貶めるような書き込みをしていたと確認が取れています。歌や踊りが下手というのはざらで、握手会で手に唾付けているとか、もらったプレゼントを即焼却炉行きにしているとか、枕営業とかファンと個人的関係を持っているとか」
「そんな書き込みをしても放置されているのか」
「その気になれば対処できるんでしょうが、いかんせん数が多いのと、人気商売なのが厳しい対処に踏み切りづらくしてるところはあると思いますが」
「有名人を的にして、あることないこと書き立てるのが常態化している。しかも結構な割合の人数がだ。空恐ろしいね。ところで皆に尋ねたいのだが」
 場にいる全員をぐるりと見渡す大下。
「連続殺人の被害者達が四人全員、有名人への中傷を書き込んだ経験があるというのは確率的に何パーセントくらいであり得ると思う?」
 すぐには返事がなかった。吉田は頃合いを見計らって逆に大下に尋ねた。
「何のためにその数字を知りたいんです?」
「いや、正確なところを知りたい訳じゃあないよ。四人が熱狂的な入賀留一ファンに殺されたという筋読みは大外れだったが、曲がりなりにも被害者の共通点が浮かび上がった。有名人の悪口を書き込んだことが、殺された理由なんじゃないかと思ったまでだ」
「そんな理由で人を殺しますかね」
「分からん。ただ、暇に任せて中傷を書く連中がいるように、そういった輩を毛嫌いしている奴も大勢いたっておかしくない」
「特定の有名人を叩くからターゲットにしたのではなく、有名人を叩く、誹謗中傷するからターゲットにしたと、こういうことですか」
「そうなるな」
 大下の推測に場がざわつく。吉田は皆の疑問を代弁する形で言った。
「検討に値する読みだとは思うんですが、それだと犯人はどうやって被害者達が有名人をけなす書き込みをしていると知り得たのか……」
「先ほどの報告を聞いていたら、そんなに不思議がることではないと思うが? 大学生の浦崎はどこで書き込みをやったかまだ分からないが、他の三人は公の場でやってる」
 指摘をされて、はっとなる。
 二人目の犠牲者、主婦の剣持美奈江は電車内でネットへ書き込んでいた。
 三番目の殺された会社員、光元和孟は居酒屋の席で書き込んだ。
 そして現時点で最後の被害者、高校生の中田志帆子は下校時のバスの中。
「言われてみれば確かに、いずれも近くにいる者がその気になれば、書き込む様子を盗み見ることができる!」
 吉田はいささか興奮した。大きな手掛かりが見付かったのだから、無理もない。
 犯人は書き込みの時刻に特定の居酒屋や電車、バスにいたということになる。都会の方々にある防犯カメラやドライブレコーダーの映像を集めれば、三箇所に共通して現れている人物を見つけ出せるかもしれない。浦崎のケースもはっきりすれば四箇所になる。
「膨大なデータ量になるだろうが、やるしかない。頼んだぞ」
 大下の号令に、捜査員達は声を揃えて応の返事をした。

 動画のチェックが進められている間に、新たな犠牲者が出た。
「戸越祐二、二十五歳。職業は……典型的な根無し草タイプですね。高校のときに地下アイドルを始めるも二年でやめて、ちょっとだけバンド活動を挟み、高卒後にネット動画に参入。地下アイドル時代のファンがわずかながらいたおかげか出だしこそまずまず稼げたが、じきに失速。今はeスポーツの選手を目指していたものの、フリーターと呼ぶ方が似合っていたみたいです」
 畠山の報告に、大下がじれったそうに口を挟んだ。
「で、どんな書き込みをしてたんだね? 書き込みでなく、動画ではっきり言っていたという線もありそうだ」
「動画の方は数が多くてまだ全部は見切れていませんが、ひたすらばかをやって再生回数を稼ごうって物ばかりのようです。一方、書き込みはあちこちで行っていました。戸越の場合、芸能人や有名人を標的にするのではなく、いわゆる特定作業に力を注いでいました」
「特定? ああ、あれか。容疑者が未成年で個人情報がまったく公開されないから、自分達の手で暴いてやろうっていう」
「そうです。未成年とか非公開とかに関係なくやってましたが。たとえばですね、高齢者ドライバーが多数の死傷者を出す事故を引き起こした場合、その家族について調べ上げてネットにさらすんです。年寄りをちゃんと見ていなかった家族にも責任がある、免許返納をさせなかった罪は重い、という理屈で。また、加害者ではなく被害者に目が向けられることもあります。こんな自分勝手な生活を送っていたなら殺されて当然、みたいな論調で故人のプライバシーを赤裸々にして、遺族の情報まで公にしてしまう」
「分かった。その辺でいい。普段からそんな書き込みを頻繁にやっていたのなら、戸越のどの書き込みが殺人犯の逆鱗に触れたのか、特定のしようがないな」
 犯人を絞り込むための材料にならないと見なし、大下は残念そうに息をつく。
「それなんですが」
 吉田は挙手をし、発言の機会を求めた。
「何か?」
「どの書き込みが犯人の犯行に火を着けたかは、ある程度推測できるかもしれません」
「ほう。どうやって」
「最初に断っておくと、これが分かったからと言って犯人特定の手掛かりには恐らくならないだろうってことなんですが」
「かまわない。何がヒントになるかも分からないし、言ってくれたまえ」
「では――自分はあるときふと着目したのは、切断された被害者の指です。毎回、切断する指やその本数が異なる点から、切断行為は犯人の何らかの主張、ポリシーの表れだと考えられる。一方、殺害動機がネットでの誹謗中傷にあるという見方が正しいとすれば、これこそまさに犯人の主張に外ならない。
 となると、指の切断にもネットへの書き込みが関係しているのではないかと結び付けて考えた。閃くのに一時間も掛かったので、我ながら歳を感じてしまったんですが」
「何を閃いたと言うんだ。ここまで聞いた私も分からん。若くないのは認めるが」
「申し訳ない、そんなつもりは全くなかったんです。犯人は被害者達がネットの書き込みに使っていた指を切断してるんじゃないかと閃いた、それだけのことです」
「書き込みに使っていた指……」
 大下だけでなく、集まった捜査員の多くがスマートフォンで文字を入力するときの動作を試している。
「自分は右手の人差し指一本しか使わないが、慣れた者は右手の親指や左手の親指をメインに使う。時折、人差し指が入る」
「……随分と自信ありげな口ぶりだが、もしかするとすでに確認済みなのかな?」
「実は仰る通りで。皆にも協力を仰ぎ、被害者が文字入力にどの指を使っていたかを関係者に聞いてもらった。皆のおかげで結果が出揃ったので、こうして上げている次第です」
「して、その結果は思惑通りだったのかね」
 いよいよ気負い込む大下。対照的に吉田は静かに首肯した。あとは実際に調べてくれた同僚刑事らに任せる。被害者達がスマホを使って文字入力する際に使う指と、殺害後に切断された指とはものの見事に一致していた。
「――そうか。切断した理由に見当が付けられたのは大きいな」
 大下は吉田らの功績を認めた。だが、すぐに疑問を呈してくる。
「そうなると今回犠牲になった戸越祐二はどういうことになるんだ? 彼は指を十指とも断ち切られていたと聞いた」
「両手の指全部を使って文字入力をしていたってことなんでしょう」
「スマホで十本指入力なんてのは、お目に掛かった記憶がないのだが」
「パソコンでしょう。彼がネットに上げている動画のいくつかには、パソコンが映り込んでいた。実際にキーを叩いている場面もあったんですよ。パソコンとスマホ、使い分けていたらしい」
「なるほど。じゃあ、プライバシー侵害のネタを書き込んだのが戸越だという特定はどうやったんだろうな。それに犯人が被害者の居場所を突き止めた手段も」
「住所はたいしたハードルじゃなかったようで。ミイラ取りがミイラじゃないですけど、戸越自身もある程度は身元が特定されていましたから、犯人に暇と交通費さえあれば、近場まで足を運び、戸越を見付けるのは比較的簡単に達成可能ではないかと。
 書き込みの内容にしても、動画でたまに事件の加害者や被害者をあげつらう言葉を吐いていたようなので、書き込みを確認できなくても犯人がターゲットに決めたかもしれない」
「そういうことか。犯人特定には役立たないが、手口に不明な点はない訳だ」
 大下は安堵と満足を同時に得たかのように、微苦笑とともに大きく嘆息した。

 よく立ち寄るいつもの公園に、今日は人っ子一人いなかった。しと降る雨のせいに違いない。
 私は藤棚の下のスペースに傘を差したまま立つと、手にした携帯端末で、指切り殺人に第五の犠牲者が出たことを報じるニュースを確かめた。
 前回、未成年者が犠牲になったためか、警察はそれまで伏せてきた被害者の指が切断される連続殺人が起きていることを公開した。正式に発表された情報は、誰がどの指を切断されていたのかまでは言及していなかったが、新聞や週刊誌のスクープにより、正確なところが世に知られることになった。
 そうなった時点で、近い内に私の意図に気付く者が現れるなと覚悟した。そして事件が起きた。これまでの四件は私の仕業だが、戸越祐二なんて男は殺していない。
 私の意図に気付いた何者かが、まさか殺人という行動で解明したことをアピールするとは予想していなかった。
 いや、これはうぬぼれが過ぎるか。戸越を殺した人物は、単に私に罪を被らせるために手口を同じにしてきたのかもしれない。
 “後継者”が現れたのだとしたら、私は捕まってもいいと考えないでもなかったが、確証がないのが残念だ。
 日本の警察は愚か者の集まりではない。自首しなくても、数日中に私を容疑者として逮捕しに来るだろう。
 取り調べでは動機を素直に語ろう。私は結局、人々の指を止めたかったのだ。
 果たしてマスコミがどう伝えるのか、世間がどう受け止めるのかとても気になる。たとえ否定的に報じられても私に身内と呼べる者はいない。家族に迷惑が掛かるということだけはないから安心だ。
 ――ふっと面を起こすと、植え込みを挟んで公園の外に、スーツ姿の二人組の男が立っていた。

 終
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