六、少女と青年とオバケ・1

文字数 1,653文字

「いやあ、本当に良かったです。すべてを知った上でなお、ジュンさんがみきさんと会う決断をしてくれて。もう吹っ切れちゃってたらどうしようかと思いました」
「まさか、未練たらたらだよ。勿論、話を聞いたときはかなり驚いたけどね」
「そりゃ驚きますよね。一年間付き合っていた恋人が……」
「それ以上に、僕がただ落ち込んでいる間、三人が尽力してくれていたことに驚いた。本当にありがとう」
「お礼はまず、早奈美さんに言ってあげてください。というか、その前にみきさんと話をつけるのが先決ですよ」

「あの、都築君。その前にさ」
 亜紀ちゃんとみきさんが暮らしているというマンション。その入り口前に立って話し込む都築君とジュン君に、わたしは小さく手を上げてから尋ねた。
「わたし達、ついて来て良かったのかな?」

「そ、そうですよね。お邪魔なんじゃ」
 と、早奈美ちゃんも同意する。

 一昨日の夜、早奈美ちゃんとの話し合いの末、亜紀ちゃんはみきさんとジュン君の再会に協力すること――みきさんを説得することを約束してくれた。
 そのとき亜紀ちゃんは、二人の再会の場所を彼女の自室にすること、そこに早奈美ちゃんも同行することを条件にしてきたのだ。一緒に見届けてほしいからと。
 それに対して早奈美ちゃんは、ならカンヴァスの二人、つまり都築君とわたしも一緒がいいと言ってくれた……のだが。

「いや、早奈美ちゃんはいいと思うよ。でもわたしと都築君は流石に」
 お邪魔じゃない?
 そう言い終える前に、都築君がマンション入り口の機械へと、事前に聞いた部屋の番号を打ち込んでいた。

「ちょっと」
「今更何を躊躇ってるんです、杜羽子さん。ジュンさんにさなみんに、亜紀さんだって一応いいって言ってくれているんですよ? もはや誰に遠慮する必要がありますか」
「みきさんでしょ」
「それは仕方ありませんね。ま、行ってみて怒られたら帰りましょう」

 いつも通りに軽く笑う都築君を見てため息をつきつつ、少し気が軽くなるのを感じる。

 怒られたら帰る。許されるならその場で見守る。わたし達は所詮部外者なのだ。
 でも、そんなわたし達がいることで少しでも、早奈美ちゃんが安心できるなら……そのくらいの役目は果たそうじゃないか。

 しばらくして、自動扉の開く音がした。


 屋内階段を二階分上ると、目的の番号の部屋が目の前に現れた。自然と先頭を歩いていたジュン君が、そのまま率先してインターホンを鳴らす。

 扉はすぐに開き、その向こうからラフなパーカー姿の家主――鬼塚亜紀ちゃんが姿を現した。
「どうぞ」

 挨拶を順番に口にして、わたし達四人は玄関に足を踏み入れた。奥行きも幅も決して大きくはない廊下が目の前に広がる。
 
 ……みきさんの姿は、まだ見当たらない。

「君が亜紀さん、なんだよね。みきの妹の……一度は『喫茶カンヴァス』で隣に座ったのに、全然気づかなかったよ」
「そうですよ。似てないでしょう? お姉ちゃんと違ってがさつなんです、あたし」

 全員が靴を脱ぐのを待つ間、ジュン君に話し掛けられた亜紀ちゃんが自虐ぎみに笑う。

「ううん、言われてみれば少し面影があるような気もする。……みき自身は、妹は自分とは全然違う、明るくて優しい子なんだと言っていたけど」
「お姉ちゃんがそんなことを?」
「三回ぐらい聞いたかな」
 今度はジュン君がそう言って、困ったように笑った。

「高校生なのに凄くしっかりしていて、姉なのに助けられてばかりだとも言っていたよ。……いや、過去形にはしたくないな。今から本人に会えるっていうのに」
 半分独り言みたいなジュン君の言葉に、亜紀ちゃんは何も答えないままで、くるりとこちらに背を向けた。

「亜紀さん」
 廊下の奥へと進み始めた彼女の背中に向かって、ジュン君が呼びかける。

「みきを説得してくれてありがとう。約束するよ、彼女を傷つけるようなことは絶対にしないって。僕がこっぴどく振られることはあるかもしれないけどね」

 そうですか、とだけ答えた亜紀ちゃんの表情は、わたしがいる玄関近くからはうかがえなかった。
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