96話 天の逆手(あまのさかて)

文字数 591文字

男が、女に何かと言い寄り、幾月も経っていた。
女も、心がないわけではなく、気の毒に思ったのか、
少しずつ心を惹かれるようになった。
 
六月の十五夜のころ、
女は、身にぽつぽつと、できものができた。
男には、
「いまは、あなたの心のままです。
ただ、体にできものがあり、この頃はひどく暑い。
すこし秋風の吹く頃に、かならずお逢いしましょう」
と言った。
 
秋を待っていると、
女の方では、あちこちから
「あんな男のもとへ、ゆこうとしている」
と反対する声が出た。
それで、女の兄は、
急に迎えに来て、女を連れていった。
 
女は、その年、初めて散った紅葉を拾わせ、
歌を詠み、書きつけた。
 
 秋の約束を 言っておきながら そうならず
 木の葉が散って 降りつもる そんなご縁でした
 
そう書いて、
「あの人から使いがきたら、これを渡して」
と言って、去った。
 
そして、そのあと、どうなったか、今もわからない。
幸福でいるのか、そうでないのか、
行き先も知れない。
 
男は、天の逆手(昔の呪いのやり方)で、
女を呪っているという。
気味が悪いことだ。
 
誰かを呪うことは、
ほんとにそうなるのか、ならないのか知らないが、
男は「今に見ていろ」と言っているという。
 
   *
 
 秋かけて 言ひしながらも あらなくに
 木の葉ふり敷く ()にこそ ありけれ
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