第19話  新たな疑問

文字数 5,467文字

 「いらっしゃい。嵐ちゃん。平和ちゃんも連れてきてくれたのね。ありがと。彩乃は?」
 
 「あとで、来ると思うよ。ママ、平和を連れて来いって、なんで?」
 
 「平和ちゃんに頼みたい事あるのよ。」
 
 「嬉しいです。達也ママの頼みなら何でも言ってください。お金の事以外なら。」
 
 風間平和は、すくっと立ち上がり、お辞儀をした。
 
 「いやあね、平和ちゃん、ガス管工事とかの仕事してるって言ってなかった?」
 
 「ええ、そうです。飲食店とかからの依頼を中心にしています。」
 
 「良かった。ごめんね、うちのも見てほしいのよ。」
 
 「いいですよ。どんな感じなんですか?」
 
 「ここも古いからね、ガス管が、錆びてるんじゃないかって。ガス漏れとかはなさそうだけど。」
 
 「分かりました。見てみます。」
 
 「じゃ、お願いするわ。」
 
 平和の行動は早かった。
 
 「あぁ、これですね。交換したほうが良さそうですね。しばらくは大丈夫だと思うけど、腐食が進行してるし、そのうちガス漏れ起こしますね。部品は余ったもので代用できそうなので、今度持ってきます。」
 
 「助かるわ~。お代ちゃんと請求してよね。」
 
 「いえいえ、これくらいサービスですよ。」
 
 「まあ、平和ちゃんて、なんていい人なの。じゃ、こうしましょ。今日の飲み代は取らないという事で。」
 
 「ママ、自分は?」
 
 「嵐ちゃんは、きっちりいただくわよ。」
 
 「えぇーっ」
 
 「しょうがないわね。嵐ちゃんは半分でいいわ。平和ちゃんを連れてきてくれた紹介料ってことで。」
 
 「やったね!」
 
 「ねぇ、ママ、この子、可愛い顔して男らしい仕事してるのね。このギャップが良いわ。化粧も似合いそうだと思わない?」
 
 「あら、メグミ、タイプなのかしら。まぁ、確かに、細身で、可愛い顔立ちね。それじゃ、ライバルになるじゃないの。」
 
 「あら、やだ、それはだめね。今の無しで。」
 
 「ママたち、変な事いわないでよ。平和が困ってるよ。心配しなくても、そんな趣味ないから。大丈夫だよ。な、平和。」
 
 「そうですね。実は、小さい頃に、母親にスカート履かされたりしたこともあったけど、友達に笑われたの覚えてて、返ってそれがトラウマで、今の自分にはさすがに無理ですね。」
 

 「ママ~」
 
 「誰?えっ彩乃?」
 
 「どうしたの?いつも無言で入って来るのに。」
 
 「良いじゃないの。嵐、先に来てたんだ。この人は?」
 
 「風間平和と言います。」
 
 「あ、この人が、そうなんだ。へえ。」
 
 「何、嵐この人に僕の事、どういう風に言ったの?」
 
 「別に何も。そうだ、彩乃、あの後、どこ行ったんだよ。」
 
 
 「おばあちゃんとこ。施設に入ってるって聞いたから。」

 「へえ、彩乃のおばあちゃんて、元気なんだ。」
 
 「うん、車いすだけどね。元気だった。それより、さっき何が半分って言ってたの?」
 
 「いやね、ママから、古くなったガス管を見てほしいって、平和、そういう仕事してるから、見てあげたら、今日の飲み代タダだって。平和はね。自分は半分だって。」
 
 「嵐、何も関係ないじゃん。」
 
 「紹介料。」
 
 「意味わかんない。」
 
 
 ドアが開いた。
 
 「あら、いらっしゃい。なんだ、あの時のおまわりさんと、えっと誰でしたっけ。」
 
 「野崎です。」
 
 「そうっだった?この前の人とは違うのね。最近名前が覚えられなくてね。それで、今度は何の用なの?」
 
 ママの冷ややかな目と低めの声で、橋本は口籠ってしまった。
 
 「あ、あの彩乃さんにちょっと。」
 
 「どうぞ、ここ座って。」
 
 そう言った彩乃の声に皆の視線が集中した。いつも拒否的態度をとっていた彩乃が、素直に聴取を受けようというのである。
 
 「彩乃、なんかあった?なんか、いつもと違うんだけど。」
 
 彩乃は笑みを浮かべていた。
 
 「大丈夫?なんか変。」
 
 嵐が彩乃の顔を覗き込んでいると、隣で座っていた平和が、やんわりと席を立った。
 
 「ごめん、嵐、ちょっと用事、思い出したわ。」
 
 「あら、平和ちゃん、もう、帰っちゃうの?ガス管みてくれて、ありがとね。また、よろしく。」
 
 「あ、はい。来週にでも道具持って伺います。お先に失礼します。嵐、ごめんな。」
 
 平和はそそくさと帰って行った。
 
 「今の人は?」
 
 野崎が彩乃に聞いた。
 
 「この人のお友達、ガスの工事屋さんだって。風間さんって言ったっけ。」
 
 「ガス工事ね…。」
 
 「どうしたの?」
 
 「いや、何でもない。」
 
 「そういえば、この前も、偶然だけど、風間さんて女性にあったわ。私に似てる人が写ってる写真持ってた。写真の持ち主が一緒に仕事してた人で、サトコって言うんだって。いつも写真見て泣いてったって。返したいけど、どこ行ったかわからないって。この写真の娘さんですかって声かけてきたの。」
 
 「なんて、答えたの?」

 「母はサトコという名前ではありませんって言ったわよ。」

 「その人、の連絡先は聞いてるの?」
 
 「一応。でもなんで。」
 
 「あの女性のこれまでの動向追ってて、ちょっとした情報でもいいから知りたくて。」
 
 「ふーん、関係あるかわかんないでしょ。個人情報だし、教えないよ。で、何の用?」
 
 いつもの彩乃の口調になった。この人にはやっぱりそうなんだと思った。嵐は少しの優越感を感じていた。
 
 「洋子さん、病院来てったよ。声かけたけど、女性は窓の方ばかり見て、顔も向けてくれなかったし、何も答えてくれなかったけど。泣いてるようだった。やっぱり、櫻井加奈子だね。あとは、検査結果が分かれば、本人が言わなくても決まりだ。あのあと、看護師からも、左利きのようだとも聞いた。洋子さんから聞いていた加奈子さんの特徴とも合っている。」
 
 「やっぱり自分の母みたいね。」
 
 彩乃は、煙草に火をつけた。
 
 「なんだ、やけに素直だな。もしかして、能登で何か分かったのか。」
 
 
 彩乃は、煙草を長く残し、灰皿に押し付けた。
 
 そして、嵐の言葉も挟みながら、嵐の父の正彦と自分の祖母から聞いた話をした。
 
 「あんたらが、繋がってたなんてな。という事は、やっぱり双子で生まれたが、医療ミスをネタに、死産の子と双子の一人を入れ替えたという事か。15年前の火事で亡くなったのは、加奈子さんという事になってたけど、実は、智子さんが、そのネタを引っ張り出して、加奈子さんとしてあの家に入り込んでた。火事が起きた当時、家にいたのも智子さんか。ひどい話だ。」
 
 嵐はこの話以降、言葉が少なくなっていた。
 
 「そう、私が小さい頃から、私に虐待をした母と思ってた人は、智子さんだった。祖母の話では、何故、母が逃げたのかは分からないって言ってた。」
 
 「なんか、ごめん…。」
 
 「なんで、嵐が謝るのよ。」
 
 「だって、自分の祖父と祖母がしたことで、…。」
 
 「あんたには関係ないでしょ。この前まで知らなかったんだから。お母さんも、これまで嵐になんで言わなかったか分かってるでしょ。」
 
 「うん、でも…。そんな悪魔のような血が自分には流れてるんだ。DNA持ってるんだよ。」
 
 「そんなの関係ない!バカじゃないの。もう。」
 
 彩乃は、頬を紅潮させて怒った。
 
 「彩乃だって、DNA検査、受けたじゃないか。そういう繋がりが大事だからだろ?」
 
 「それと、これとは違う。もし、私が悪魔の子だと判明しても、それを受け入れるわ。でも、私は私。そうでしょ。検査したのは、私が誰を憎んでたのかが、分からなくなったからハッキリさせたくなっただけ。」
 
 「悪魔の血を受け入れるなんて出来ないよ。自分は、平凡が嫌で、何か起こらないかと、いつも思ってた。きっと、そういう血がそうさせるんだよ。」
 
 「じゃあ、あなたは悪魔なの?誰かにそんな酷いことしたの?平凡な日々何がいけないの。あなたのお母さんが、あなたを守ってきたってことでしょ。お母さんの気持ちも分かってあげてよ。しっかりしなさい!それにお父さんだって、悪魔だと思った?逆にその悪魔と闘ってきたじゃない。それを何よ、ぐじゃぐじゃと、これからは、嵐が、あんたが、お母さんを守らなきゃ。お父さんだって、自分の死を前にして、力を振り絞って、あなたに伝えたのよ。お父さんの声に応えないと。」
 
 嵐も彩乃も、眼を真っ赤にして、泣いていた。
 
 周りで、拍手が起こった。
 
 「彩乃ちゃん、あなた、ただの女じゃないと思ってたけど、素晴らしいわ。ね、野崎さん、おまわりさん?」
 
 ママがおしぼりを持ってきて、そう言いながら、彩乃と嵐に渡した。
 
 「そうだな、ちょっと、感動したよ。」
 
 「ばかばかしい。当たり前のこと言っただけよ。嵐があんまり頼りないから。」
 
 彩乃は、化粧がとれるのもかまわずに、おしぼりで顔を覆うように、涙を拭った。
 
 「その感動の話を止めるようで悪いが、ちょっと気になってる事があるんだが。」
 
 野崎は、引っかかている疑問を、嵐に聞いた。
 
 「さっきのガス屋さん、風間って言ったっけ?この辺の人?」
 
 「元々は、どこか分からないけど、田舎にいたって聞いたことがあるけど。今は、この辺だと思う。平和んちにはいったことないから、場所までは分からないけど。」
 
 「家族は?」
 
 今度は橋本も聞いた。
 
 「さあ、家族の事は、あんまり話さないから。」
 
 「なんで、そんな事聞くの?きちっとして、真面目すぎるくらい、真面目な奴だよ。困った人を助けたりして。本人は何も言わないけど、相手がSNSに上げたりして、それが分かるくらいで、良いことしても、鼻にかけないし。」
 
 「そうだよな。悪かった。今の忘れてくれ。」
 
 「そうよ、平和ちゃんに限って、警察が関わるような人じゃないわ。」
 
 「わかった、わかった。もう言わないから。」
 
 野崎は、彩乃の何か言いたげな様子が気になった。
 
 「彩乃、なんか、静かだな。」
 
 「別に、あんまり関わってない人だし。」
 
 「そうか。じゃ、鑑定結果出たら、連絡するよ。そしたら、母親に会うか?」
 
 「うん、向こうが会いたがっているか、わんないけど。」
 
 「あの様子だと、彩乃が行くと分かると、また姿消すかもしれないしな。ここは、慎重に行くよ。自分が加奈子であることを、こっちがもう知っていることを分かっていると思うが、何も語らない。その辺の謎がまだ解けないんだ。」
 
 
 
 「橋本、どう思う。」
 
 蛇夢を出た野崎は、橋本に聞いた。
 
 「あぁ、やっぱり、引っかかるな。俺たちが来たとたん、帰ったしな。
 ママのおまわりさんの言葉で、反応してたよ。」
 
 「なんかあるな。」
 
 「うん、なんか、ある。」
 
 「橋本、ガス工事って、どうなんだろうか。」
 
 「あの事故か。」
 
 「そう、無理やりだと思うが、何か、引っかかる。」
 
 「野崎、これ見てみろよ。」
 
 橋本は、SNSで『平和』で検索をした画面を野崎に見せた。
 
 「あの爆発事故の日、今回と5年前の投稿、見てみた。」
 
 「なんだ、どっちの日も、現場のビルの壁の焼けた跡を載せているよ。偶然の遭遇、消防やパトカーで騒然とした現場と投稿があるな。」
 
 「すごいとか、持ってるね、とか、何か勘違いなコメント多いな。いいねが100以上もある。

じゃないだろ。人が亡くなってるんだ!」
 
 「そう興奮すんな。ま、気持ちはわかる。すっごい分かる。あの風間ってやつは、二面性があるかもしれないな。他の投稿も、その偶然てやつが多いよ。これ、いいねが欲しくて、ネタを作ってはSNSに上げる、承認欲求っていうやつだ。でも、まさかこの事故まで起こすとは無いと思うが。ちょっと調べてみるよ。」
 
 「頼む。あと、彩乃が言ってた、同じ風間って女性も。彩乃が写ってた写真の持ち主を探している。なんか、気になるな。その写真が彩乃としたら、持ち主は加奈子になる。」
 
 
 
 「彩乃、明後日、また能登行くよ。父さんに会いに行く。なんか、この前は、父さんが、しんどくなって最後まで話せなかった。どうしても、まだ伝えたい事があるみたいなんだ。なんか、怖いよ。彩乃も来る?」
 
 「行きたいけど、私はいいわ。働かないと。休んでもいられないし。嵐はお父さんの言葉にちゃんと向き合うんだよ。なんか、分かったら、教えてね。」
 
 「うん、分かった。」
 
 
 「嵐ちゃん、あなたについてた白蛇、まだいるわね。でも穏やかよ。この前はなんか、とげとげしい感じだったけど。あなたの守り神なのかもね。彩乃は?彩乃はなにもついてないの?」
 
 「彩乃も…同じ、似てるのよ。性格がちがうけど、なんていうか、こう魂というか、同じなのよ。」
 
 「ふ~ん。よくわかんないや。じゃ、仕事行くわ。稼がないとね。」
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登場人物紹介

斎藤嵐 

平凡な人生に、物足りず、ある祠のに、何か起きてほしいとお願いをしたところ、災難続きとなる。

無くなっていた祠を追って行くうちに、迷い込んだ過去で、様々人々と出会い、今の自分を知る。

櫻井 彩乃

不幸な人生を送り、人を恨みながら生きている。

ある祠に参拝をしたあと、その祠が無くなった。斎藤嵐とともに、過去に迷い込んでしまう。

見たことのある風景。記憶とは違う真実を知る。

達也ママ

スマック「蛇夢(じゃむ)」のママ。

嵐と彩乃を繋げた良き理解者。

守護霊や、霊が見える。

風間 平和(へいわ)

斎藤嵐の友人。

野崎 雅登 事件記者


5年前の爆発事故で、娘を失い、最近の爆発事故をの関連を追う。

櫻井彩乃と知り合っており、この事故での身元不明で入院している女性との関わりを調べている。

橋本 瑛士 刑事

野崎の友人

野崎とともに、爆発事故の身元不明の女性の身元調査をする。

身元不明の女性

爆発事故で、意識不明で、入院している。

櫻井 彩乃の母である可能性があったが、彩乃の母は15年前に火災で亡くなっていた。

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