美しい姉(一)

文字数 2,578文字

 ウエディングマーチが高らかに流れ、目の前のドアが開くと、大勢の人たちの笑顔。そして父に導かれて歩く先には、まばゆく光り輝くステンドグラス。その前に立つのは、私を待ち受ける白いタキシード姿の男性。そして、その顔は……その顔は……眩しくて見えない、どうして! どうして!
 ジリジリー!
 目覚まし時計の音で目覚めた私は、しばし呆然とした。
(夢だったんだ……)
 なんてがっかりしている場合ではないことに、すぐに気がついた。今日は姉の結婚式だったからだ。ベッドから飛び起きると、急いで支度に取りかかった。
 
 
 私は金沢鈴、二十歳の花の女子大生。なんて今の人は言わないだろう。そんな言葉が出るのは母の影響だ。五十歳になる母、景子と、七つ違いの姉、玲と私はとても仲が良く、三姉妹の様だとよく言われる。もちろん、母は大喜びで若作りに励んでいる。今日もきっとかなりの気合を入れているに違いない。
 そんな母は置いといて、今日嫁ぐ姉は楚々とした美人で、小さい頃から私の自慢だった。とてもやさしく、いつかはお嫁に行くものだと聞かされた時、イヤだ! 行かないで! と大泣きしたことを覚えている。その日がとうとうやってきたのだ。もちろんもう子どもではないから、大泣きはしないが、やはり涙はこぼれるだろう。
 兄になる人は、これまた申し分のない人で、ふたりはとてもお似合いだった。身内の私が言うのもなんだが、雑誌の表紙から抜け出たようなカップルだ。私だって、姉には遠く及ばないまでも、そこそこに女子力はある。それなりの相手が見つかるはずだ、そう思っていた。
 
 
 それから二十年の時が流れ、来月には四十歳になる。そしていまだ、独身。
 もちろん、これまでいろいろな男性を好きになったし、交際もしてきた。結婚が頭をかすめたことだってあった。でも、あと一歩が踏み出せなかった。
 そんな私とは対照的に、姉には中学生と高校生の子どもがいて、順風満帆な家庭を築いていた。その姉が子育てに追われていた頃は、もっぱら母とふたりで旅行などを楽しんできたが、子どもたちの手が離れた姉とようやく合流する時が訪れた。
 そして、久しぶりの三姉妹?旅行が実現した。姉の家庭を考慮して一泊旅行となったが、心は弾んだ。ただひとつ、あの話題に触れざるを得ないことが気を重くしたが――
 
 
 三人は駅で待ち合わせ、紅葉の箱根へ向かう電車に乗り込んだ。
 七十になる母は、日頃の鍛錬のおかげか歳よりはるかに若く見える。髪型も服装も、年寄りくさいところは全くなく、歳の離れた姉妹でいまだに通りそうだ。姉も五十に近いというのに、その美しさは衰えていなかった。
 おしゃべりに花を咲かせているうちに、あっという間に終点の駅に着いた。紅葉の時期ということで、駅の周りは賑やかで、タクシー乗り場には行列ができていた。タクシーを待つ間、周囲の人の視線が姉に行くのを私は懐かしく感じた。
 
 昔からいつもそうだった。姉と一緒に歩くと、みんなが姉を見た。
 整った鼻筋、気品を漂わせる口元、そして見つめられた者の心を奪い取るような美しい瞳。それらが理想的に配置された、完璧な顔立ち。その上、透き通るような白い肌。若い男なんかは立ち止まって見惚れる者までいた。
 私は、自分が注目されているようでうれしかったものである。歳が離れていたからだろう。もし近かったら、一緒には歩かなかったかもしれない。それにしても、この歳でもいまだ人を振り向かせるとは恐れ入るしかない。
 
 やがて、私たちの番がきてタクシーに乗り込み、観光へと出発した。運転手の薦めで、まず箱根の森美術館へ向かった。芸術と自然が交じりあった空間が、三人の心を癒してくれた。
 あちこち回り、秋の自然を満喫した私たちは、予約していた宿に着いた。若く見えてもやはり、それなりの年齢の母は疲れたようだった。
 しかし、通された部屋の窓からは、紅葉した山並みが眺められ、旅の疲れを吹き飛ばしてくれた。そして、向かった温泉からも紅葉の大パノラマが目の前に広がり、もう一生分の紅葉を見たようだと三人で苦笑した。
 部屋に戻ると、食事の支度が整っていて、早速、並べられた料理に舌鼓を打った。お酒も入り、口も滑らかになったところで、やはりあの話題になった。
「鈴ももう四十よね?」
 お猪口を手に、母がしみじみと言う。
「おっしゃりたいことはわかっています。でもこればかりは相手がいないことにはね」
 私は母にお酌して、さらりと話題をかわそうとした。
「でも子どもが欲しいなら、今しかないんだから、結婚相談所に登録するとか、お友だちに誰か紹介してもらうとか、婚活っていうのかしら、もっと真剣に考えた方がいいんじゃない?」
 分かりきっていることを堂々と言われた反発から、私はつい、姉に矛先を向けてしまった。
「そりゃあ、玲ちゃんみたいに綺麗で選び放題だったら、なんとでもなるでしょうけど、十人並みの私には思うようにいかないものなのよ」
 姉は、ただ苦笑いを浮かべて黙っていたが、代わりに母がまたつっかかってきた。
「鈴ちゃん、容姿の問題じゃないのよ。人柄の問題よ。あと相性かしらね、大切なのは。やさしくて、一緒にいて楽しいと思える人、そんな人が向こうも自分をそう思ってくれたら、それで決まり!」
「そんな単純なわけないでしょ!」
「いいえ、余計なことを考えだしたらキリがないものよ。大切な部分さえ揃えばそれでいいの!」
 お酒のせいか収まりがつかなくなってしまった私は、再び、姉に矢を放ってしまった。
「そもそも姉妹なのに、この差はないわよね! 玲ちゃんは素が違うばかりにすべてを手に入れられるんですもの」
 さすがに言い過ぎたと思ったが、口から出てしまったものは取り返しがつかない。気まずい空気の中で姉がポツリと言った。
「鈴ちゃん、私、あなたが思っているほど幸せじゃないと思うわ」
「ごめん。お母さんがいけないのよ、四十の娘に結婚の話題で攻め立てるなんてデリカシーのないことをするから」
「そうね、せっかくの久しぶりの旅行ですもの。気分を変えて食べましょう」
 そして三人は、貴重なひとときを楽しい時間に戻そうと、他愛のない話を続け、夜は更けていった。

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