第2話

文字数 1,532文字

解答編

 「ちょっとよろしいですかな。」
 先ほどまでカウンタの隅で一人、ショットグラスを傾けていた紳士が近づいてくると男の手から紙片を取った。
 「ふむ。薄暗がりのこういう場所では・・・、なるほど効果的な方法ですな。」
 鼻の下に蓄えた口髭を触りながら紳士は感心したように言った。
 「どういう事ですか?」
 瑞穂は紳士に尋ねる。
 「一見すると彼が9枚の紙から正解を当てたように思えますが 実はそうではないのです。目印のついた紙片に貴女は正解を書かされていたのですよ。」
 そう言うと紳士はバーテンダから同じサイズのスーパーのチラシを貰って男と同じように縦に三つ折り、横に三つ折りにして折り目のついた状態で瑞穂に見せる。9つに分かれたブロックにそれぞれサインペンで数字を打った。
 「目印・・・ですか?」
 書き込む際に慎重に確認したがそんな目印はどこにも無かったはずだ、瑞穂は首を捻る。
 「9つのブロックに分かれたのが分かりますかな、マドモアゼル。」
 紳士はこれから手品でも始めるかのように9つのブロックに分かれたチラシを両手で摘まんで見せる。
 瑞穂は頷く。
 「注目して欲しいのはこの5番の数字の所なのです。」
紳士は9つのブロックに分かれた紙の中央の箇所を指差す。
「はい。」
 瑞穂の視線は5番と書かれた中央ブロックに釘づけだった。しかし目印などどこにもない。
「目印なんてどこにもないと思いますけど・・・。」
「それはないものを貴女が必死で探しているからですよ、マドモアゼル。」
紳士は優しい微笑みで瑞穂に言った。
「あるものを見つけなくてはいけないのです。この時点ですでに彼も私も仕込んでいるのですから。ねえ、そうでしょう?」
紳士は男に視線を向ける。しかし男は口笛を吹きながら視線を合わせようとしなかった。
「まあ、何事も論より証拠ですよ、マドモアゼル。まずは彼がやったように切ってみましょう。」
そう言うと紳士は男がやったように手で折り目にそってチラシを9つの紙片へと分けた。
「さて、これをよく見てもらいたいのです。」
 紳士は9つの紙片をカウンタの上へ並べる。
「見ました。」
瑞穂はじっと紙片を見る。
「でもわかりません。」
紙片の違いは打たれている番号の違いだけだ。あとはスーパーのチラシなので裏面はそれぞれ違うだろうけれど 男が使ったのは両面とも白紙。
「ポイントはですね、彼がハサミを使わなかった事にあります。」
「ただ単にハサミが無かっただけじゃないんですか?」
「ハサミくらいマスターにお願いすれば貸してもらえますよ、ねえ?」
紳士はマスターに確認する。
バーカウンタ内のマスターは黙って頷いた。
「しかも彼はこの店の常連ですからね。借りるのを遠慮したとも考え難い。ではなぜハサミを借りずに わざわざ手で切っていったのか? それは目印を作る為だったのです。」
「手で切ることがですか?」
「ええ。これを手で切っていくと5番以外の紙片は一辺ないし二辺が綺麗な直線になっていて、5番の紙片だけが四辺とも千切った痕跡があるのがわかるでしょう? ハサミを使うと切断面は綺麗になりますからね。だから敢えて手で切った。そういう事です。」
「ああ・・・、なるほどぉ・・・。」
「なんでネタばらししちゃうかなぁ・・・。」
男はバツが悪そうに瑞穂の顔をちらちらと見ると逃げるようにして店内から飛び出していく。
「でも凄いですね、一瞬でトリックが分かるなんて。」
瑞穂は紳士に言う。
「凄くはありませんよ。これ、私も昔、妻に使ったことがある手品ですから。」
紳士はそう言うと軽く会釈をして自分の席へと戻って行った。
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