第4話 サンドイッチ

文字数 1,792文字

「違う。付き合ってない」

 朽葉珈琲店でサンドイッチを咀嚼しながら、だるそうな声を出す空美野涙子。

「ほらぁ、やっぱり! 付き合ってないじゃないですかー。まったく、コノコ姉さんは、嘘ばかりついて。テキトー過ぎるんですよ」

「嘘じゃないのだ。ね、涙子ちゃん」

「朽葉の定義じゃ、あたしと近江キアラは付き合ってることになるんだろうーなぁ?」

 不服そうな顔の涙子は、サンドイッチを水で流しこむ。

「うーんとね、メダカちゃん。涙子ちゃんとキアラちゃんは、肉体の関係なのだー」

「身も蓋も無いな。さすが朽葉コノコ。コールドスリープ病棟からの帰還者は、言うことが違うな。ひとがしゃべりにくいことをさらりと言いやがって」

 メダカが放心状態になる。瞳孔が開くほど目を丸くして、口をあんぐりと開け、よだれまで垂れてきそうだ。

「そんなにショックだったのか」

 皿の上のサンドイッチに挟まっているものをチェックして、ハムサンドを選んで口に放り込む涙子。

「だが、付き合っちゃいねぇよ、あたしは」

「なんなのだ、涙子ちゃん。キアラちゃんだけでなくメダカちゃんもキープしたいのかな?」

「朽葉。お前はどうしてそういう風な言い方しかできねーんだ」

「なにも考えてないからかな。それでもいいのだ」

「少しは考えろや。今の状況を見てなんで朽葉、お前は平気なんだ。高位の異能力者だからか?」

 意識を戻したメダカは、屈みこんで頭を両手で抱えて唸った。

「うぅ、わたし、もうなにも信じられない」

「信じなくていいよ。で。キアラの奴はあたしが来る前に帰っちまったのか」

 割れたハート型のチョコレートを思い出すメダカ。

「帰りました、あの泥棒猫。帰ってくれて正解でしたよ。殴るところでしたもん、あのチョコチョコ娘を」

 メダカは落ち着こうとコーラのプルタブを開ける。

 コノコは楽しそうな顔で、涙子に訊いてみる。

「ところで涙子ちゃん。女の子同士ってどうやってえっちするのだ?」

「おい、朽葉。空気を読めよ」

「空気のなにを読めばいいのだ? オキシジェンと二酸化炭素の数値でも出せばいいのかな?」

「減らず口叩く朽葉はレイチェル・カーソンの『沈黙の春』でも読んでろな? 酸性雨が降るフラスコの空で沈黙してろ」

 一呼吸おいて、涙子は「やってらんねぇ」と文句を言った。

「今夜のバーだってあのゴスロリオンナが歌うジャズなんだろ。お得意のバブリング唱法なんかを駆使してよ」

「涙子ちゃん、ゴスロリのその娘は、涙子ちゃんの上司の生徒会長の御陵さんなのだ。上司の悪口なんて悪いんだー」

「生徒会長はフリーダムだから、どうでもいいんだよ。なに言っても無駄さ。そもそも、未成年者が早い時間とは言え、こんなとこでジャズ修行する方が間違ってんだよ。あのオタサーの姫め」

 メダカが泣き顔で、しゃっくりをしながら途切れ途切れに言う。

「ひっく。そ、そんなこと言っても、ひっく。涙子さんは生徒会長のことも食べちゃうんでしょ?」

「御陵初命会長はあたしの趣味じゃない」

 即座に否定する涙子。

「趣味に合うひとだったら食べちゃうんだぁー」

「いや、悪かったよ、佐原メダカ。なんかあたしのことを大きく誤解している感は否めないが」

「うえーん」

「泣くなよ」

「じゃあ、わたしのこと、抱いてくれます?」

「却下」

 即答だった。

「うえーん」

「こいつ、すっごいうるさいのな」

 コノコに話題を振る涙子。

 コノコはメダカの肩に手を置いて、

「涙子ちゃんは、女の子とキスをするのが大好きなのだ」

 と、耳元で言った。

「キス? 唇を重ねる、あのキスですか」

「そう、……唇を重ね…………ぐはぅ」

 涙子はコノコのみぞおちに拳を叩きこんだ。

「知ってるじゃねーか、朽葉。いや、そういう問題じゃねぇよ」

 咳き込むコノコ。クマのできた目でコノコの咳き込む姿を見て満足した涙子は、

「よけーなことは言わないでよろしい」

 とたしなめてから、サンドイッチ食べに戻った。

 むしゃむしゃとサンドイッチを飲み込んで、皿を空にする。

 涙子は、食べている自分をずっと見ていたメダカに尋ねる。

「佐原メダカ。あんたってさ、お姉ちゃんがいたの?」
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登場人物紹介

佐原メダカ(さはらめだか)

 朽葉珈琲店で働く元気いっぱいの女の子。

朽葉コノコ(くちはこのこ)

 朽葉珈琲店の一人娘。飄々とした性格。

空美野涙子(そらみのるいこ)

 私立空美野学園の生徒会副会長。ちょっと粗暴な性格。

金糸雀ラズリ(かなりあらずり)

 学園の風紀委員。コノコのことが好き。コノコを「お姉さま」と呼ぶ。

近江キアラ(おうみきあら)

 涙子と付き合っているというのだが?

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