バーと常連客

文字数 592文字

 グラスを丁寧に磨いて、氷の準備も忘れない。酒瓶の置かれた棚のホコリも掃除して準備万端!

 丑の刻が始まる少し前。現代で言う、24時50分。

 わたしは、オープン前のこの時間が一番好きだ。

 丑の刻から開くあやかし達の集うバー。そんなところで、人間のわたしが働くようになったのには訳がある。

 このコロナ禍で、もともと働いていたお店が閉店してしまったのだ。そんな中で出会ったのが、この店のオーナーだったのである。

 この店のオーナーは雪女で、夏場は流石に暑さが堪えるのかめったに店に出てこない。その分、わたしが頑張らないといけないんだけど、この店のお客はみんな人間のわたしにも優しくしてくれる。

 だからわたしも、みんなにとびっきりの接客で応えなきゃ!

 気合を入れるようにパンっと手を鳴らす。

 いつの間にかもう丑の刻だ。店の前の看板をオープンに変える。すると数分もしないうちに、チリンッチリンッとドアベルが鳴った。澄んだ音とともに入店してきたのは、アマビエさんだった。

 上手に魚の尾の部分を利用して、跳ねるようにカウンター席に座る。

 わたしと目が合うと、アマビエさんは「はぁ」と息をついて、うなだれるようにカウンターテーブルへと突っ伏した。

 無言のアマビエさん。

 アマビエさんの注文はいつも決まっている。そのいつもの品を用意しながら、わたしはアマビエさんに心のなかで手を合わせた。

「お疲れ様です」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み