おばあちゃんの探し物

文字数 1,793文字

 私はおばあちゃんっ子だった。学校から家に帰ると、近所にあるおばあちゃんの家によく行っては二人で遊んでいた。トランプやかくれんぼ、なかでも私は「卵探し」というオリジナルの遊びをよくしていた。これは家のなかのどこかに卵のおもちゃを一つ隠して、それを探すという遊びだった。卵は開けることができ、そのなかにお菓子などを入れておくのが私たちの定番だった。おばあちゃんはいつもニコニコと遊んでくれた。私はそんなおばあちゃんのことがとにかく好きだった。
 小学校の高学年になっても、私はおばあちゃんとよく遊んでいた。ある日、学校から家に帰ると、普段は自分の家にいるはずのおばあちゃんが私の家にいた。
「ひとみちゃん、お帰りなさい」
 くしゃっと微笑むおばあちゃん。淡くてうすい紫色の着物が本当によく似合っていて、私もおばあちゃんのような紫色の似合うおばあちゃんになりたいと心から思った。
「ただいま! おばあちゃん、今日はどうしたの」
 私が尋ねると、おばあちゃんはまた一段とニッコリして、
「いやね、なんだかふと、ひとみちゃんに会いたくなってね。……家まで来ちゃった」
 と優しくつぶやいた。私はうれしくなって、
「おばあちゃん、それなら一緒に遊ぼう! そうだ、卵探ししない?」
 とおばあちゃんに声をかけた。
 おばあちゃんは私の目を優しく見つめていた。
「ひとみちゃんは、本当に卵探しが好きね。……そうだわ、おばあちゃん、ひとみちゃんにプレゼントがあるの」
 そう言うとおばあちゃんは風呂敷のなかから一枚のハンカチを取り出した。それは淡くてうすい紫色の生地でできており、きれいな花柄があしらってあった。まるでおばあちゃんを小さくした妖精――。私は目を輝かせた。
「おばあちゃん、ありがとう!」
 そう言っておばあちゃんに抱きついた。
「よかったわ。ほら、ひとみちゃん今度、吹奏楽部の全国大会に出るって言っていたから、おばあちゃん、お守り代わりにでもなればいいなと思って、作ってみたの。そうだわ、このハンカチを卵のおもちゃに入れるから、ひとみちゃんに探してもらおうかしら」
 その瞬間、頭のなかにモヤが広がった。
 ――全国大会?
 そのとき、ふいに女の子の声が聞こえた。そして気がついたら知らない子が私たちを見つめて立っていたのだ。私はびっくりして、
「え、誰?」
 と声を上げてしまった。
「あら、ひとみちゃん、忘れちゃったの?」
 おばあちゃんは少し悲しそうな顔をして静かに言うと、また優しく微笑み、すっと立ち上がった。
「ひとみちゃん、心配しなくてもいいからね。おばあちゃんが、いつも見守っているから」
 おばあちゃんは隣の部屋に弱々しく歩いて行った。知らない女の子が口を開いた。
「おばあちゃん、大丈夫? また、昔のことを思い出していたの?」
 その瞬間、私はハッとした。同時に、頭のなかのモヤがぐるんぐるんと渦を巻いた。
 小学生のころの私は、まだ吹奏楽部になんて入っていなかったはずだ。ましてや全国大会に出たのは、……高校生のころ……。
 ――そうだ、思い出した。
 おばあちゃんは、私が高校生のときに亡くなったのだ。ちょうど吹奏楽部で夏の大会のために練習に励んでいたころだった。
 ……モヤが抜けていく。……私は周囲を見回してみた。そこには私の孫が立っていた。そうだ、この女の子は、私の孫じゃないの!
「おばあちゃん、お薬、飲んだ?」
 と孫が聞いてきた。私は、涙をこらえながらくしゃっと笑うと、
「ごめんね、ごめんね、私、忘れていたのね。ごめんね、でも、もう大丈夫よ。ありがとう、ありがとう……」
 と精一杯の優しい声を出し、孫の顔をじっと見つめた。私も気がつけば、おばあちゃんと同じようなおばあちゃんになっていたんだ。
「ねえ、おばあちゃん、卵探ししよう!」
 と孫に言われて、私は微笑みながらうなずいた。そして孫が隠した卵のおもちゃを探しはじめ、私は隣の部屋に移動した。
 卵は引き出しのなかにあった。それにしてもずいぶんとホコリを被っている。私はなにげなく卵を開けてみた。すると、そこには淡くてうすい紫色のハンカチが入っていた。
 ――それはおばあちゃんが作ってくれたハンカチだった。
 頬に一筋の涙が流れる。おばあちゃん、と胸のなかで呟くと、そのハンカチで涙を優しく拭いた。やっと、探し物が見つかったんだ。そして私は、孫のいる部屋へと歩き出した。
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