【編ノ五】あしおと ~べとべとさん、ちょっとだけ、ぴしゃがつく~

文字数 8,768文字

 それは、少し前から巷で立っていた噂だった。

 “月のない暗い夜。
 夜道を歩いている時、背後から足音が聞こえることがある
  足音は二種類ある
  片方の足音だったら『生きて帰れる』
 もう片方の足音だったら『生きて帰れない』
 そして、逃げる術は『ない』…”

「…ベタねー、いまどき」

「あー!ななちゃん、全く信じてないー!」

 昼休みの教室。
 ここ降神(おりがみ)高校は今日も平和だ。
 あたし…七森(ななもり) 紅緒(べにお)は紙パックの牛乳をストローで飲み干してから、目の前で脹れっ面になった親友…今里(いまざと) 黄李花(きりか)に向かって肩を(すく)めてみせた。

「そりゃあ信じないよ。そんな三流怪談、もはや穴だらけもいいとこじゃん」

「えー?どこが?」

「やれやれ…少しは疑うってことを学んだ方がいいよ、キリー」

 私はピッと人差し指を立ててみせる。

「いい?まず『生きて帰れない』方の足音は、当然証人がいないでしょ?何せ、聞いた人は『生きて帰れない』んだから」

 うんうん、と真剣な顔で頷くキリー。
 童顔だから、何か年下の女の子を相手にしている感じだ。

「で、そうなると『生きて帰れる』方と矛盾が出るでしょ?」

「………」

「あー、つまりね…」


『生きて帰った』人 → 片方の足音のみ聞いて生還した。
 そのため『生きて帰れない足音』があることは知らない筈だし、そもそも聞いていない筈なので、存在自体に気付かない。

『生きて帰れなかった』人 → 生還できなかったので、例え「足音が二種類ある」と知ったしても、誰かにそれを伝える事は出来ない。


 で、その結果…

「一番最初にこの怪談を伝えた人が誰かは知らないけど『生きて帰った』のは間違いないんだから『足音が二種類ある』ってことを知ってるのは不自然じゃない?」

「……」

 真剣な顔で固まるキリー。
 あー、フリーズしてるな、こりゃあ。
 思案した後、私は話題を変えた。

「じゃあ、別の角度から行こうか…それっ!スキあり!」

 私はキリーの弁当箱から、最後の玉子焼きをかっさらい、口に放り込んだ。

「あー!!!!!!!」

 キリーが絶叫する。
 ふむ、美味。
 流石は料亭を営むキリーママ。
 味付けも完璧だ。

「ヒドイよ、ななちゃん!せっかく、最後の楽しみに取っておいたのにー!」

「うん。知ってた。でも、食べなくて良かったんじゃない?美味しくないよ、これ」

 キリーが目を見開く。

「ウソだよ!美味しかったよ、絶対!!

「へー、何で分かるの?」

「だって!それ、同じのを私も食べて……あ…」

 何かに気付いた表情になるキリー。
 ようやく理解したか、無菌培養娘め。
 私はモグモグと、十分に卵焼きふっくら感を堪能した後、飲み込んだ。

「そ。つまりはそういうこと。情報を得ても、それを誰かと共有するには伝達する行為が無いと共有は叶わない。もしくは同じ体験をするとかね。じゃあ、この三流怪談を最初に伝達した人は、どうやって『帰らなかった』人と情報を共有して、みんなに伝達したのかねぇ?」

「うー~…なあんだ、作り話なのかぁ…」

「ふぉっふぉっふぉっ、まだまだ未熟じゃのう」

 ありもしない長いあごひげを撫でつつ、私は自分の弁当箱を差し出した。

「ほい、食べていいよ。ラストのカニクリームコロッケ」

「いいの!?

「いいよ。さっきの玉子焼きと交換っこ」

「やった!ありがと、ななちゃん!」

 そう言うと、キリーは目を輝かせ、箸を伸ばした。
 本当に子供っぽい娘である。

「れもさー」

「食ってから喋んなさい」

 キリーはコロッケを嚥下(えんか)すると、その余韻を味わう様に箸を咥えた。

「…でもさー、もし今の怪談が本当だったら恐いよね」

「まーね」

 スマホをいじりながら、生返事をする。
 そもそも、恐くなければそれは「怪談」として成立しないだろう。
 キリーは、不安げに続けた。

「何かさー、最近私達と同じくらいの人達が何人も行方不明になってるって噂もあるし…」

 その噂は確かに聞いたことがある。
 もうすぐ夏休みだというのに、物騒な話だ。
 最近も、この学校の女子生徒が行方不明になっているだとか、面白くない噂を聞いたこともある。
 まあ、普段から素行の良くない連中ばかりが消えているらしいし、案外どこかでフラフラ遊んでるだけの様にも思う。
 しかし、目の前のキリーは、そんな事は微塵も考えない、純粋培養娘だ。

「変な人がうろついてるのかなぁ…もし、その足音が本当に聞こえたら…どうしよう」

「そん時はあたしがぶっちめてやるわ」

 あたしは力瘤を作り、ニッと笑って見せる。
 自慢ではないが、空手の腕はこの歳で二段だ。
 中学生の時には、町を騒がせていた暴漢を偶然退治し、表彰を受けた事もある。
 キリーは頼もしそうに、

「ななちゃん、強いもんねぇ。十乃(とおの)さんとどっちが強いか、校内でもよく話題になってるし」

「あー、あの娘ね」

 「十乃さん」とは、本名「十乃 美恋(みれん)」という同じ学年の女の子の事だ。
 容姿端麗、学業優秀、おまけに運動神経抜群。
 開校以来、類を見ない才媛として騒がれており、様々な伝説を打ち立てている真っ最中の、話題の人物である。
 聞けば彼女は合気道を修めており、相当な腕前だという。
 そのため、試合で負け知らずで「鉄拳小町」とか揶揄されるあたしとよく引き合いに出される事が多い。
 噂では、次の文化祭で「七森vs十乃」の異種格闘技戦を目論む有志が暗躍しているとか、いないとか。
 まったく、当人同士を差し置いて何をやってんだか。
 とはいえ、廊下ですれ違っただけで、一同が固唾をのんで見守る事もあり、こちらとしてはいい加減辟易(へきえき)してるため、いっそ早々に決着をつけてしまおうかとすら思っている。

 キーンコーンカーンコーン

「っと、昼休み終了か」

「ねえ、ななちゃん。今日の放課後、空いてる?」

 教室に戻る途中、キリーがそう聞いてくる。

「ん?何で?」

「駅前の『ハニーポット』でスイーツフェアが始まるんだ。よかったら、一緒にどお?」

「うー…ゴメン!今日はどうしても部活を抜けられないんだ」

「そっか…じゃあ、仕方ないね」

 残念そうなキリーに、あたしは両手を合わせた。

「マジでごめん!また今度埋め合わせするからさ」

「うん。大丈夫、気にしないで!部活、頑張ってね!」

 キリーはニッコリ笑うと、手を振って走り去っていく。
 相変わらず、ほんわかオーラ全開で、こちらを癒してくれる。
 幼い顔立ちと騙されやすい危なっかしさで、何かと目が離せないキリーだが、誰とでも分け隔てなく接し、敵味方問わず和ませてくれるところがあたしは大好きだった。
 進級してからこの親友と別のクラスになってしまったのがとても残念だ。

「…ん?」

 自分のクラスに戻ろうとして、あたしは廊下の片隅にたたずむ人影に気付く。
 見れば、一人の男子生徒が、物陰からじぃーっとキリーの背中を見ていた。
 背は低く、前髪で目を隠したパッとしない男だった。

(何だ、あいつ)

 大抵の生徒の顔と名前は覚えているが、不思議と思い出せない。
 男子生徒はあたしにも気付かず、キリーの背中を見詰めている。

 …何だ?
 こいつ、何でキリーを見てんだろう?

「ちょっと、あんた」

 言い得ぬ胸騒ぎを感じて、あたしは男子生徒に声を掛けた。
 男子生徒は、ビクッと身を震わせ、あたしを見た。
 色の白い、妙に存在感のない奴だ。

「もう授業時間になるよ。それともあの娘に何か用?」

 男子生徒はふるふると首を横に振った。
 何か、おどおどしてるところが妙に怪しい。
 名札を素早くチェックすると「尾行澤(おゆきざわ) 平斗(へいと)」とあった。
 あたしと同じ、二年だった。

「なら、早くクラスに戻った方が良いよ」

「…うん」

 そう言いながら、モジモジとあたしを見ている。
 うっ。
 何だこの感じ。

「あの…七森さん、あの娘と知り合い…?」

 なよっとしたか細い声で、尾行澤君がそう聞いてくる。
 あたしは思わず強い口調で、答えた。

「そうだったら何!?

 すると、尾行澤君は追い詰められた小動物の様に身を竦ませた。
 ああ。
 この不快感の正体に気付いた。
 あたしは、男のこういう女々しい態度や雰囲気が大嫌いなのだ。
 この男を見てから、訳もなくイライラするのはそれが原因だろう。

「あの…その…」

「何!?

「いえあのっ…何でも…ないです…」

 気の毒なくらいに怯えまくる尾行澤君。
 あたしはハッとなって、気を落ちつけた。
 明鏡止水。
 武芸者がみだりに心を乱せば、技の乱れにもつながる。

「…なら、早く戻りなさい」

「…うん。じゃあ」

 そう言うと、尾行澤君は足早に走り去って行った。
 誰も居ない廊下に、彼の足音だけが響き渡る。

「変な奴」

 そう呟いてから、あたしも自分の教室に向けてダッシュした。



 その日。
 キリーは家に帰らなかった。

 あたしが彼女の姿を見たのも、この日が最後だった。

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 赤色灯を回したパトカーとすれ違う。
 これで何台目だろう。
 その数が少し増えた気がした。

 キリーが行方不明になって二日。
 まだ、公開捜査になっていない事もあり、学校では大騒ぎにはなっていないが、一部の地獄耳な連中がそろそろ噂し始めていた。
 そんな連中が口にしているのが、キリーが話していた例の怪談だ。
 馬鹿馬鹿しい。
 ここ降神町(おりがみちょう)には、あたしが生まれる前から特別住民(ようかい)が住んでおり、人間と共存をしている。
 そんな下地があるせいか、時折人知を超えた怪異が起きたりしても、この町の住人は誰も大して驚かない。
 天気雨の日に、狐面をつけた連中が古風な嫁入り行列をしていても、誰も驚きもしないし、むしろ警察が交通規制で協力する事もある。
 そんな町なのだ、ここは。
 だから、件の足音の怪談も、さして不可思議には思わないし、ここに住んでいる特別住民(ようかい)の連中は、みだりに人間に危害を加えたりはしないので、連中のせいだとも思えない。
 警察も情報収集を進め、捜査を始めようとしているという。
 だけど…

「それで大人しく待ってられるかってのよ」

 夜も間近な黄昏どき。
 薄闇に包まれた町を、あたしは一人歩いていた。
 学校の制服姿のまま、通学路をあてどなく彷徨う。
 手にはオープンフィンガーグローブを着け、即時に臨戦態勢に移れる格好だ。
 誰に対してかって?
 勿論、キリーを誘拐した奴だ。
 聞き込んだ情報からすると、キリーが下校中、最後に目撃されたのがこの辺りらしい。
 なら、話は早い。
 あたしは早速行動を起こした。
 人間にしろ妖怪にしろ、女の子をかどわかす変態が犯人なら、今のあたしの様に一人でいる女子高生は格好の獲物の筈だ。
 町中ながら、周囲は人家や人通りの少ない寂しい路地である。
 防犯灯も数少なく、闇が濃い。
 さあ、来い!
 ピッチピチの女子高生(おいしいエサ)が、ここにいるぞ!
 でもって、ノコノコ出てきたらタコ殴りにしてくれる…!

 が、そんなあたしの目論見とは裏腹に、誰も出て来なかった。

 時間ばかりが無駄に過ぎる。
 いい加減、家族に「部活で遅くなった」と言い訳するのも苦しくなる時間帯だ。

「…やっぱ甘かったかな」

 そう呟いた時だった。

 てく…てく…

 あたしは即座に身構えた。
 足音だ…!
 誰かが居る…!
 音のする方を見ると、フラフラと人影が現れた。
 若い男だ。
 全身傷だらけで、今にも倒れそうな足取りでやって来る。
 男性はあたしに気付くと、助けを求める様に手を伸ばした。

「だ、だれ…か…」

 そのまま膝から地面に崩れ落ちる。
 頭が真っ白になっていたあたしは、ハッとなって駆け寄った。

「だ、大丈夫!?

 あたしの声に、男性は懸命に身を起こそうとする。
 が、もんどりうって仰向けになった。

「あっ…ぐ…!」

「動かないで!一体何があったんです!?

「…」

 男性は脅えた表情で、自分のやって来た方向を指差す。
 その方向に目を向けるあたし。
 が、暗闇の中には何も見えない。
 代わりに、首筋に何かが当てられた。

「…何かあるのはこれからだよ」

 バチッ!

 瞬間、全身を衝撃が走った。
 し、しまった!
 これは…スタンガン!?

「はい、終了。軽いもんだね」

 先程までの瀕死の様子が、嘘だったか様に立ち上がる男性。
 いや、実際演技なんだろう。
 その顔には薄ら笑いが浮かんでいた。

「この前の(ハニー)もいい加減お人よしだったけど、君も大概だね」

 …コイツ。
 いま…何て言った!?
 まさか…まさか、コイツがキリーを…!

「君も降神高校の生徒だよね?制服、同じだし。二人目もゲットできるなんてラッキー!」

 やっぱり…!
 コイツがキリーを誘拐した犯人!
 あたしは途絶えそうになる意識を必死に繋ぎ止め、男を睨んだ。
 男の笑みが濃くなる。

「へえ…意識があるんだ?スゴイね、君」

 あたしは全身に力を込めた。
 が、身体が弛緩してしまい、自由にならない。
 そんなあたしに男が近付く。

「ま、しばらくは自由に動けないだろうから、諦めなよ」

 そう言うと、ヒョイとあたしを肩に担ぐ。
 全力で抵抗しようとするが、相変わらず身体はピクリとも動かない。

「さて、じゃあ早速俺の家に行こうね。安心して、変な事はしないからさ」

「…!…!?!!

 舌も動かないせいで、声もろくに出せない。
 ま、まずい…!!
 このままじゃあ、あたしまでコイツに…

「ハハハハ、帰ったらお友達を紹介してあげるよ。君に負けないくらい可愛い子だから…」

 突然、太ももにヌラリとした感触が走る。
 男の舌が這ったのだと気付き、全身が総毛立つ。

「仲良くしてあげてねえええええ?」

 キモい笑顔を浮かべる男と、まともに目が合った。
 そこに浮かんだ下卑た欲望を目の当たりにし、今度は計り知れない恐怖に襲われる。
 待っているだろう想像したくもない運命に、過呼吸になった様に息を乱した。
 何てことだ…
 まさか、こんな事になるなんて。
 皮肉にも、過去の経験が下手な油断を招いてしまった。
 何が空手二段だ。
 何がぶっちめてやる、だ…!
 一人で息まいて、のぼせあがった結果がこれだ。
 流石に情けなくもなり、涙が目に浮かぶ。

(誰か…助けて…お願い…)

 心の中でそう呼び掛けるが、応えがある筈もない。
 そんな中、夜道を歩く男の足音が、秒針の様に絶望を刻む。

 てく…テク…

 ふと、男が立ち止る。
 何だ?
 どうしたんだろう?
 が、それも僅かな時間で、すぐに男は歩き始めた。

 てく…テク…てく…テク…てく…テク…

 再び男が立ち止る。
 そして、暗い路地を振り返る。
 しかし、そこには猫の子一匹見当たらない。

「…気のせいか?」

 再び男が歩き出す。

 てく…テク…てく…テク…てく…テク…

 てく…テク…てく…テク…てく…テク…

!?

 男は、再びバッと背後を振り返った。

 しーん

 が、路地にはやはり誰も居なかった。

「…おい。誰かいるのか?」

 男が背後の闇にそう呼び掛ける。

 しーん

 不思議にも、町の喧騒は届かない。
 静寂と闇がそこに広がっていた。

「誰か居るんだろ?出て来いよ」

 しーん

「チッ…」

 舌打ちすると、今度は駆け出す男。
 派手に揺られて、おなかが痛む。
 が、そんな中、あたしの耳にも「それ」が聞こえた。

 たっ…タッ…たっ…タッ…たっ…タッ…!

 たっ…タッ…たっ…タッ…たっ…タッ…!

 足音だ。
 男の走る足音に、誰か別の足音が混ざっている。
 まさか…
 まさか、これって…キリーの言ってた…!

「誰だぁッ!」

 焦燥に駆られた男が、三度立ち止り、背後を振り向く。
 あたしを地面に降ろすと、スタンガンと取り出したナイフを、闇の中の誰かに見せつける様に構える。

「居るんだろ!?居るんだろ、あァ!?

 しーん

「ふざけんなよ、コラ!出て来いよ、おォ!?

 しーん

 激昂する男の怒声にも、闇は反応しなかった。
 男の顔に、怒りとそれを凌駕しつつある「恐怖」が浮かぶ。
 汗が滝の様に流れ、男は何かに憑かれたかの様に周囲をせわしなく見回した。

 てく…

 見えない誰かを見定めようと、一歩闇に踏み出す。

 テク…

!?

 瞬間、男が背後を振り返る。
 が、地面に転がされたあたし以外、そこには誰も居ない。
 男の顔が一気に蒼ざめた。

「何なんだよ…何なんだよッ、これはッ!」

 姿無き追跡者に恐慌をきたした男は、遂には耐えかねた様に絶叫し、あたしを置いて逃げ出した。
 一人取り残されたあたしは、取り敢えずホッと一息吐く。
 が、まだ安心は出来ない。
 あの男がいつ帰って来るか分からないのだ。
 その前に、この身体の痺れが取れなければ、逃げる事すらままならない。

 テク…テク…

 全身の血が凍った。
 男が去った方から、足音が近付いてくる。
 そんな…
 もう、戻って来た?

「う…!うう…!!

 惨めなイモムシみたいに必死に手足を動かすあたし。
 折角のチャンスが、一瞬でおじゃんになってしまった事に、何も考えられない。

 テク…テク…テク…

 足音がもうそこまで来ている。
 地面に男の影が差していた。

(終わった…)

 絶望に目を閉じたあたしに、影の主が言った。

「あの…大丈夫?」

 え…?
 目を見開くあたし。
 今のはあの男の声じゃない…!?
 懸命に身を動かし、仰向けになると、そこに立っていたのは、何と尾行澤君だった…!

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「それじゃあ、あの足音って君の仕業だったの!?

 帰り道。
 尾行澤君に助けられたあたしは、彼の口から語られた真相に目を丸くした。

「うん。僕は“べとべとさん”っていう特別住民(ようかい)でね。誰かの後について、その人の足音を真似るのが僕の妖力(ちから)なんだ」

 話せるようにはなったものの、まだ満足に動けないあたしをおんぶしながら、尾行澤君がか細い声で言う。
 背も低く、なよっちいイメージの彼だが、あたしをおんぶしながら歩く足取りは確かだった。

「最近、行方不明になる若者が多いって聞いたことある?」

「うん…」

 尾行澤君の問い掛けに、あたしは頷いた。

「聞いた話だと、僕達の学校の生徒も巻き込まれたみたいだし、それで、仲間に声を掛け合って、通学路の巡回を始めたんだ」

 聞けば、彼と仲間の妖怪達は毎日生徒達を見守るため、夜になるとここいら一帯を見回っていたらしい。
 あの時、キリーを見ていたのは、彼の担当地区を毎日登下校していたためだという。

「彼女…今里さんだっけ…何か、見てて危なっかしくて」

「…それ、すごく分かる」

 夜道でも声を掛けられれば、平気で応じるタイプなのだ、キリーは。

「彼女が誘拐されたって聞いた時はショックで…僕がちゃんと見張っていれば、こんな事には…」

 オドオドしながらも、責任感が強いのか、尾行澤君は項垂(うなだ)れた。

「君のせいじゃ…ないよ」

 そんな姿に、囁くようにあたしは言った。

「だって、今夜はあたしを助けてくれたじゃない」

「で、でも!いざ(さら)われて、助けなきゃって思っても…僕、怖くて…何も出来なかった」

「…ま、正直、そこはめっちゃ情けないわ」

「うぅ…」

 更にしおれる尾行澤君。
 それが可笑しくなり、あたしはふと笑った。

「さあ、早く警察に行こう。絶対あいつを捕まえなきゃ!」

「…それなら、多分大丈夫だと思うよ」

「えっ?何で?」

「あの人、僕の従兄弟(いとこ)が受け持つエリアに入ったみたいだから、今頃は…」

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 同時刻、別の路地…

「ひいいいっ!ひいいいいいいいぃいいっ…!!

 だっ…ぴしゃっ…だっ…ぴしゃっ…だっ…ぴしゃっ…だっ…ぴしゃっ…!

 だっ…ぴしゃっ…だっ…ぴしゃっ…だっ…ぴしゃっ…だっ…ぴしゃっ…!

「何だよおおおおおお!『ぴしゃっ』て…一体、何がついてきてんだよおおおおおおおおおおおおおッ!?

 絶叫しながら逃げ惑う男の背後に、誰にも気付かれず並走する影が一つ。

「くひひひひ…ほらほら、まだついて行くよォ?」

 意地悪い笑みを浮かべ、妖怪“ぴしゃがつく”こと、追掛(おいがけ) 霙路(えいじ)は嬉々とした様子でそう告げた。



 後日。
 憔悴した状態で、未成年誘拐を自首してきた男のニュースが、地方紙の片隅に載った。
 誘拐後に男の自宅に監禁されていた女子高生は、幸いにも傷一つ無く、無事に警察に保護されたという。

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 余談。

 『生きて帰れない足音』を聞いた京塚(きょうづか) 美沙樹(みさき)は、行方不明になってから一週間後、心身共に健康そのものの状態で無事に帰宅した。
 同じ頃、深夜の降神町を徘徊する「七人の亡霊」の姿が見られるようになり、都市伝説として若者たちの間で噂されることとなった。
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