第4話  見る心

文字数 3,184文字

 それから僕らは帰り道にコンビニで買った昼食をたべてから、彼女に頼まれた食材を買って家に戻った。古いドアを開けると「お帰りなさい、2人でどこに行ってたの?」と彼女が出迎えてくれた。浅間さんはバツが悪いといった風に、「病院だよ」と伝えていた。彼女は少しハッとしたように僕を見てから、「そうなんだ」と僕が持っていた袋に目をやった。
「これ、どこに置けば?」といった僕から、「貰うね、ありがとう」と何処かぎこちない様に袋を取り上げた。
 それから僕は自分の部屋に戻った。数時間越しに部屋に戻った僕はなんだか居た堪れなくなった。どうしてか、落ち着かない。そわそわと、外を眺めてみたり、部屋のドアを少し開けて2人が何をしているのか見てみたりした。
 浅間さんは、椅子に座って読書をしていた。
彼女は、僕が買ってきた食材なんかを丁寧にしまっていた。僕は、何かしたいという自分でもわからない衝動に駆られた。その結果見つけられた答えが、掃除だった。今思えば、この部屋は決して綺麗とは思えない。埃が舞っていて、床や壁も薄っすらと黒ずんでいるように思える。 
 僕は別に綺麗好きというわけではないのだけれど、今はなんだか、掃除がしたい。 
窓を開けてから、それから部屋に立てかけてあった箒で部屋を掃いた。するといつからか溜まっていた埃が宙を舞ってせき込んだ。マスクがない状態で箒は良くない、そう思って僕は2人の元に向かった。
 彼女は、降りてきた僕を不思議そうに見ていた。それを横目に浅間さんに話しかけた。
「すみません、掃除したいのですけれど掃除機かマスクありませんか?」その答えが発せられる前に、彼女が言った。
「部屋の掃除? 手伝うよ?」浅間さんは、「栞が毎日掃除しているから、聞くといい」と笑っていた。
「じゃぁ、お願い」彼女は任せてと僕を手招きした。そのあとで、バケツに何か色々入れて僕に持たせて2人で僕の部屋に向かった。
「埃、すごいよね、こういう時は掃除機よりもこっちのほうが良いよ」そう言って彼女が取り出したのは新聞紙だった。
「新聞紙?」
「そう、新聞紙。 これを湿らせて部屋にまくの。 それからほうきではくとね、埃がくっついて一緒に捨てられる」
「確かに、でも掃除機のほうが早くないかな」彼女はたのしそうに返した。
「そりゃそうだよ。 でも電気代もかからないしこうして時間にゆとりがあるときは手間暇かけたほうがおもしろいよ」
 僕にはまだその楽しさはわからないし、折角の文明の利器が泣いているとも思ってしまう。何より、電気代がかかるって、栞のほうが。という言葉は新聞紙にくっつけて埃と一緒にゴミ箱に捨てた。
「栞は掃除が好きなの?」なんて、手を動かしながら、不思議と口も軽く弾んだ。
「好きだよ、毎日掃除してるのも私」
「でも僕の部屋は結構汚いけど」彼女は袋の口をぎゅっと結んだ。
「これでも照くんが来るまでは掃除してたんだよ? でもどうしてもすぐに埃溜まっちゃって、それに人の部屋なのに勝手に掃除されたら嫌かなって思って」
「なるほど、ありがとう」
 彼女は、「さて」と次の指示を出した。
「次はこのバケツに水と塩素を入れて雑巾がけします」
僕は言われたとおりにした。塩素というものは聞いたことがなかったけれどすごく汚れが落ちた。雑巾があっという間に黒くなる。部屋についた僕の悪態が一緒に取れていくようだった。
「すごいね、このぬるぬるの液体」
「そうなんだ? 私にはぬるぬるかはわからないけどあんまり直接触るとただれるみたいだから気を付けてね?」彼女はさらりと言った。
 一通りの掃除を数時間かけて終わらせた後で、彼女は飲み物とお菓子を持ってきてくれた。
 僕は一人で壁によしかかり、少しの達成感に浸った。彼女に差し出されたおやつに手を伸ばして、口に運ぶ。
「ありがとう」
「ちょうどおやつの時間だし良かった」彼女は僕の斜め前に座り込んだ。 そんな彼女に、浅間さんは、ときいたけれどさっき出かけたと言われて会話が終わってしまった。その次に僕の中に出てきた言葉は、彼女について。けれど聞いてもいいのだろうか。
「病院で、女の子見てきたんでしょ?」僕の悩みなんて知らない風に突然聞いてきた。僕は、別に悪いことはしていないけれど少し心臓が鳴った。
「うん、見てきた」
「あの子、私の友達なんだ。 どう思った?」どう、というのはどういう意味だろう。
「どうって聞かれても・・・」言葉に詰まった僕は話をはぐらかした。
「それより、ITLRってしってる?」最近知った言葉をただいってみた。
「知ってる。intelligence,to,live,naturallyでしょ? 知ってる」
「インテレジェンストゥリブナチュラリー?」自分で言っておいて意味が分かってなかった。
「うん、自然に生きる知能。私の事。AIみたいなものなのかな」
「何が違うの?」彼女は「うーん」と少し困ったようだった。
「なんて言われたかな、私もよくおぼえていないけど」と前置きをした彼女にすごく不思議な違和感を感じつつ聞いていた。
「多分、AIとかは深層学習っていうんだっけ、そういうのでどんどん賢くなるし忘れない。そしていつかシンギュラリティーていうのをむかえる。 でも私は教えてもらっても思い出せないこともある。 AIはまじめだけど、私は嘘もつける」
「つまりどういうこと?」
「うん、AIが人に作られた道路だとして、私は自然にある草道みたいなもの? ごめんなさい全然説明できない、お父さんに聞いたほうが早いかも」悩むような仕草をする彼女はとても人らしかった。でも、それがより僕の頭を混乱させていった。いつか完璧な存在になれるAIより後にできた、技術の最先端の彼女のほうが性能が悪いってことなのだろうか。難しい。いや、きっと僕にはわからない何かがあるのかもしれない。そう思うと、ロボットというものに少し興味が出てきた気がした。
「つまりAIより、馬鹿なの」と、彼女はおどけた。そんな彼女を無視して僕は眉をひそめていた。
「でも、人みたいだね。 けれど人じゃない。 栞は、人になりたいって思ったりするの?」
「人になるってどういうこと? 人って何なのかによるかも」
 僕は、少ない人生経験を生かして答えた。
「人は、心があって、みんな馬鹿で、命があって、感情があって、だれかを想えたり、想われたり、かな」自分でもよくわからなくなっていった。
「心があって、感情があって・・・うーん。 あ」彼女は突然思い立ったかのように窓を開けた。
「どうしたの?」
「前にお父さんに言われたことがある」彼女は家の前にある木を指さした。
「何?」
「照くん、あの木を見て、あの木の事を考えてみて」
「木の事?」じっと、数分考えた。はじめは小さな芽で生まれて、それから何十年雨風にさらされてきたんだろう。
「何か、大変だなとかこれからも立派に育ってほしいとか、地球にとって必要だって思わない?」
「まぁ、思うかも、なんかこうやさしい気持ち?」
「そう、それが大切なの。 人は、何にもしゃべらないし、何にもしてこない木にもやさしい気持ちを抱けるの。 その木を見ているときの優しい心が想うって事で、それを自分以外の相手に向けられて初めて想うってことで、だから・・・つまり想い合いができるのが人?」何故かそういった彼女のほうが目を丸くしていた。
「あぁ、なんとなくわかるようなわかんないような」
「ごめんなさい、おとうさんが言ってたのをうまくいえない。 でもそれができたら、人の第一歩なんだって」
 こんな時、AIだったなら明確な答えが返ってくるのだろうか。でも完全な造形から発せられた不完全な言葉が、妙に僕には心地よく感じた。
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