膝の上で。

文字数 4,804文字

 今日(きょう)は魔女の(いえ)で、(つき)一度(いちど)の絵本の朗読会(ろうどくかい)(おこ)なわれる()だ。

 とはいっても、参加者(さんかしゃ)は魔女とレイモンドの二名(にめい)のみ。


 レイモンドが(いえ)()てすぐ、魔女は文字並(もじなら)びに言葉(ことば)(おぼ)えてもらえるよう、絵本の読み聞かせを(はじ)めた。

 最初(さいしょ)(すこ)(はな)れたところから(うかが)うように聞いていたレイモンドだったが、()()つにつれ、徐々(じょじょ)にその距離(きょり)(ちか)づき、最終的(さいしゅうてき)(ひざ)(すが)って(たの)しんでくれるまでになったのだ。

 (またた)()言語(げんご)習得(しゅうとく)し、すっかり絵物語(えものがたり)というものに興味(きょうみ)()ったレイモンドは、魔女にもお(かえ)しに読み聞かせをさせて、と目を(かがや)かせながら(ねが)いでた。

 無邪気(むじゃき)表情(ひょじょう)を見せてくれるようになったレイモンドに『膝枕(ひざまくら)もお(かえ)しするの!』とせがまれて、毎回根負(まいかいこんま)けするものの、魔女は自分(じぶん)の頭が(おも)くて負担(ふたん)じゃないかとはらはらしたものだ。

 レイモンドの成長(せいちょう)(ともな)って、月一度(つきいちど)頻度(ひんど)()ちたが、交代(こうたい)で読みあうという制度(せいど)(いま)もゆるやかに(つづ)いていた。


 そして、現在(げんざい)――。

今日(きょう)はね、『人魚姫(にんぎょひめ)』ってお(はなし)にしてみたよ。じゃ、魔女サマカモン!
 左手に絵本を()ち、上機嫌(じょうきげん)にソファへ(すわ)ったレイモンドは、右手で(みずか)らの(ひざ)をぺむぺむ(たた)く。
レ、レイの膝枕(ひざまくら)は、(いま)でも必要(ひつよう)だろうか……
 ほぼ大人(おとな)といってもいいくらい成長(せいちょう)した彼にこれ(・・)をしてもらうのは、なんだかより一層(いっそう)(むね)(いた)くなる今日(きょう)この(ごろ)の魔女だった。
えー? 必要(ひつよう)だよ? 読みあいっこなんだから、(おんな)条件(じょうけん)じゃないと☆
う、では……失礼(しつれい)する
 恐縮(きょうしゅく)しながら、レイモンドの(ひざ)(あたま)()せる。
(また、(たくま)しくなった気がする。レイの(あし)……)
 細身(ほそみ)だけれど筋肉(きんにく)がきちんとついていることを実感(じっかん)させるような(かた)さのある、すらりとした(なが)(あし)
(レイはどんどん、大人(おとな)になってゆく……)

 このままで、いいのだろうか。

 魔女はたまに、不安(ふあん)になるときがある。

 この(うつく)しく(かしこ)青年(せいねん)が、自分(じぶん)(もと)(とど)まりつづけていいものなのだろうか、と。

 不死(ふし)(ちか)長命(ちょうめい)名高(なだか)魔族(まぞく)()()く魔女よりは確実(かくじつ)(なが)らえられないであろう、この(はかな)健気(けなげ)存在(そんざい)の――、

可能性(かのうせい)を、(うば)っていないだろうか。それに――私はかつて、レイの同胞(にんげん)たちを……)
魔女サマ?
はっ! す、すまない。(はじ)めてもらえるか?
うん、じゃあいくよ。『人魚姫(にんぎょひめ)』。――……
(やっぱり素敵(すてき)。私は、すきだな……)

 すごく()()ぐで、(いつく)しみにあふれた(こえ)(つづ)(かた)り。

 猫が聞いたら『棒読(ぼうよ)みすぎる!』などと(ひょう)するかもしれないが、魔女は、自身(じしん)(すこ)し歌うような(クセ)があるそれより、よほどレイモンドの朗読(ろうどく)(この)ましく(かん)じていた。



 レイモンドが(えら)んだ今回(こんかい)題材(だいざい)は、上半身(じょうはんしん)は『ヒト』、下半身(かはんしん)は『(さかな)』という異形(いぎょう)(ひめ)人間(にんげん)王子(おうじ)(こい)をして、(すべて)てを(うしな)うまでの物語(ものがたり)


 最後(さいご)(あわ)となり、(そら)()えた主人公(しゅじんこう)結末(けつまつ)()った魔女は、現実(げんじつ)()きつけられた()がした。


 寿命(じゅみょう)も、()きる世界(せかい)(ちが)うふたりは、やはり(しあわ)せになることは(かな)わない――。


 レイモンドの(くち)から直接(ちょくせつ)(いま)このタイミングで()いてしまうと、やるせなくて、胸が(くる)しい。

まっ、魔女サマ!?

 (かた)りおえて魔女を見遣(みや)り、レイモンドはぎょっ、としたが、でも彼女自身(かのじょじしん)一番(いちばん)、この事態(じたい)困惑(こんわく)している。


 魔女の(ほお)は、気づかぬうちにあたたかいもので()れていたからだ。

 それは、もう何十年(なんじゅうねん)(わす)れていた『(なみだ)』という()の、感情(かんじょう)発露(はつろ)であった。

っ、あれ、なんで……? ……すまない……、すぐ、()める。()めるから……

 ()(がお)(かく)すように、レイモンドのズボンへぎゅっと(あたま)()しあてた魔女に、レイモンドはおろおろ、と戸惑(とまど)いはしたが。

 ()(けっ)したように(くち)()きむすぶと、(こわ)れものを(あつか)うように、そっ、と魔女の(かみ)()れた。

 そして、遠慮(えんりょ)がちに言葉(ことば)(つむ)ぐ。

……あの、魔女サマ。ボク、魔女サマが最近元気(さいきんげんき)なかったの、『こんな内容(ないよう)』――『ボクたちの種族(しゅぞく)(ちが)い』についてじゃないかな、ってなんとなく(さっ)してたんだ
え、
近頃(ちかごろ)魔女サマ、どこか(もう)しわけなさそうっていうか……()()? みたいの(かん)じながら、ボクと(せっ)してたでしょう?
そ、そんなはずは……!

 魔女は(おどろ)いた。

 レイモンドの(まえ)では、(つと)めて平静(へいせい)(よそお)っていたからだ。

 その(むね)(つた)えると、(ぎゃく)にレイモンドはカッと目を見開(みひら)いて反駁(はんばく)した。

ボクが魔女サマの異変(いへん)見逃(みのが)すハズない!! 毎日表情筋(まいにちひょうじょうきん)一筋一筋(ひとすじひとすじ)から細胞(さいぼう)のひとつひとつに(いた)るまで、()める(いきお)いでガン()してるんだから!!
なぜそんな注視(ちゅうし)必要(ひつよう)がある!?
(あぶ)なっかしいところがあるから
どこが……
いつだって(まわ)りばかり優先(ゆうせん)して、(わる)くないのに自分(じぶん)()めてさ。(こころ)がキレイすぎる。キレイすぎて、フッと(はかな)()えちゃいそうなんだもん
そんなことない……私は、(きたな)い。この手は、(よご)れてるんだ……たくさんのひとの(いのち)を、うば、って……

 魔女の脳裏(のうり)をよぎったのは、かつての(おの)所業(しょぎょう)

 ヒトが、()んだ。

 彼女(かのじょ)魔力(まりょく)暴走(ぼうそう)で。

それはそいつらが、魔女サマの目を無理矢理奪(むりやりうば)ったからでしょ!!
ッ!!
魔女サマ。本来(ほんらい)ならボクは貴女(あなた)(うら)まれるべき対象(たいしょう)だ。貴女(あなた)にとって、ボクはジャマ?
そんなっ、そんなわけない!! 邪魔(じゃま)なわけない。(そば)にいられるなら、いたい……
ボクも一緒(いっしょ)がいいよ。それでボクはわがままだから、できるならその(あいだ)は魔女サマの(やわ)らいだ(かお)、いっぱい見ていたい……
レイ……
ね、だからこれからは、そんな(せつ)なそうな表情(かお)しないで。でないと……
でないと……?

ボクの(いき)(あら)くなって、その()なんかこう、いろいろぱーんてなっちゃうから……!!♡


真顔(まがお)もすきだけど! そっちはS的(エスてき)にえぐみがやばいんだもう!♡

どういう因果関係(いんがかんけい)が!!?


あと全体的(ぜんたいてき)(はじ)めて聞く言葉(ことば)(なら)んでいるぞ!?

まー、ボクにもいろいろあるんだよ☆
(あ、いつもの、私たちの空気(くうき)……)
でね、ボクが今回(こんかい)この本を(えら)んだのは……(かり)にボクが人魚姫(にんぎょひめ)みたいな結末(けつまつ)(むか)えても、ボクは絶対超(ゼッタイちょう)ハッピーだからね、って(つた)えたかったの!
えっ……、なぜ? 最後(さいご)(あわ)になってしまったのに。――(しあわ)せには、なれなかったのに……

だってさ、人魚姫(にんぎょひめ)(うみ)のお姫様(ひめさま)として()らしてたのに、(くわ)えて声すら()()えにして、(りく)()がろうなんて(おも)えた。自分(じぶん)のこれまでを、全部差(ゼンブさ)しだしちゃってもいいって(おも)える存在(そんざい)(めぐ)りあえた。それってそれだけで、『(しあわ)せすぎる奇跡(きせき)』じゃない!


――ボクにとってその存在(そんざい)は、魔女サマなんだよ

……!
ねぇ、魔女サマ。ボク、とっても『(しあわ)せ』なんだ。(ひろ)ってくれて――出逢(であ)ってくれて、ありがとう……
〜〜……!

 魔女は、今度(こんど)こそ我慢(がまん)できなかった。レイモンドは(やさ)しく魔女を(なだ)め、彼女が()きやむまで、(しず)かに背中(せなか)をさすりつづけた。


✿✿✿✿✿


 至福(しふく)のひとときを名残惜(なごりお)しくも()えると、レイモンドはすぐさま必要(ひつよう)なものを(そろ)え、それを()って猫の(いえ)()けこんだ。

猫ー! ちょっと使(つか)ってない部屋(へや)でお裁縫(さいほう)させて〜!♡♪
全然構(ぜんぜんかま)わないけど……エラいゴキゲンだね?
この服一式(ふくいっしき)、そっくり(おな)じの(つく)って、今着(いまき)てるのは永久保存版(えいきゅうほぞんばん)にするんだー♡
? どして??

これね、魔女サマの(※(なみだ)という()の)体液(たいえき)がいっぱい()みこんじゃったの♡♡


(たから) オブ お(たから)すぎてもう使(つか)えない♡♡

は、……?
ふふっ、あんなに(※ほっぺたを)()らしちゃってカワイイ♡ボク、(※心配(しんぱい)もしたけど)興奮(こうふん)しすぎておかしくなるかと(おも)った♡♡
……
猫?
…………
聞いてるのー? 猫ったら。ねえー?

〜〜ちょっと()ちなよ(いま)脳内(のうない)でいっちばん(やさ)しい保安官(ほあんかん)さんリストアップしてるんだから〜!!


(もっと)自首(じしゅ)(てき)してるとこを〜!!

 レイモンドがとうとう魔女を手篭(てご)めにしたかと(おも)った猫は、しっぽがすぽーんと()っこ()けそうなほど狼狽(ろうばい)したという。
☆☆おわり☆☆
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登場人物紹介

魔女


 魔族と人間の間に生まれた女性。生まれつきその目に宿る強大な魔力を恐れられ、人間たちに迫害され、左目を失った。今は森の奥深くでひっそりと暮らしている。


 性格はちょっと天然だが、心があたたかい気遣い屋さん。

 読書がとてもすきで、むずかしい本ばかり読んでいる影響からか、口調は堅い。


 言葉も知らず森でさまよっていた幼い人間の子ども・レイモンドを放っておけず、拾って育てることにした。


 そして十年後、大人になったレイモンドが積極的にアプローチしてくるようになったが、魔女本人は恋愛にうとすぎるため、よくわからないまま、ぽえぽえっと同居を続けている。

レイモンド(養い子)


 十年前に森で魔女に拾われ、知識に恵まれた環境で育った人間の青年。愛称は“レイ”。一見クールで神秘的な容姿のイケメンだが、実際は魔女が愛しくて愛しくてたまらない情熱家で、よく暴走する。


 魔女に対しては人懐っこいわんこのような甘えん坊だが、その他の存在には基本的に無関心で、当たりさわりのない対応をすることが多い。ただ、近所の猫には気を許しているのか、彼の前では、本音である魔女へのヤンデレ要素たっぷりな発言を、引くほど口にしている。

近所の猫


 魔女とレイモンドが暮らす家の近所に住んでいる猫の獣人。結構な遊び人で、さわやかなクズとして辺りでは有名。


 獣耳だのしっぽだのいろいろなオプションがついているので、クズ発言をした際はそれらを、レイモンドによくひきちぎられそうになっている(『いやー、オレ、そーゆーときは脱兎もビックリの逃走能力があるから、レイに命ごと狩られそうになっても、改心する気とかまったくないんだよねー』 by 猫)。

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