異国の商人

文字数 1,297文字

 天の子どもは、テトラポッドの上に一人で座り込み、ぼんやり海を眺めています。
 気分は暗く沈んでいました。

 そこに一艘の帆船が、ぐんぐん近づいてきました。

「おーい! おーい!」

 船の上の人影が手を振ります。
 天の子どもは立ち上がって目を細めます。

「おーい! そこの人! ちょっと手伝ってくれないかー!」

 船の上から男が叫んでいます。
 天の子どもは男の声に応えるように、近くの桟橋の突端まで走りました。

 船は横風に流されながらもどんどん近づいてきます。

 頭にターバンを巻き、ひげをはやした男が、目の前にぐんぐん迫ってきます。

 船が目前に迫ったところで、男は天の子どもに向かって先が輪になったロープを投げ下ろしました。
 ロープは橋の上で跳ね返り、ずるずるとまた海の方に引きずられていきます。
 天の子どもはあわててロープをつかむと、男の指示に従って、船を係留させました。
 
 やがて男は大きな荷物を背負って船から降りてきました。

「やれやれ。風に流されてこんなところまで来てしまった。港はどっちだい?」

「あっちです」

 天の子どもが指さす方に、男は大きな荷物を背負って、よろよろと歩き出しました。
 そしてすぐ、ふと思い出したように振り返り、荷物を置いて言いました。

「いやいやすまんすまん! お礼をいいそびれた。ありがとう! 何しろ船は不慣れでねぇ。これも初めての船だ。よくわからない。港に入れば何とかなると思ったが、まさかこんなところまで流されるとはね」

「どこから来たんですか?」

 天の子どもは尋ねました。
 男は背中の荷物を下ろし、海の向こうを指さします。

「この海のずっと先に私の国がある。私はそこで商売をしている。布やじゅうたんを売っているんだよ」

 そう言って、商人は荷物の中身を見せました。
 中には、目にも鮮やかな、色とりどりの布が入っています。

「うわ~、すごいや。こんなきれいな布初めて見たよ」

 天の子どもは感心して言いました。
 商人は満足そうにうなずきます。

「私の国では見慣れたものだが、ここではたいそう珍しいだろう。珍しいものは高く売れる。それで得た金で、この国の香辛料やお茶を買っていくつもりだ。ここではありふれたものでも、私の国では珍しいものだ。珍しいものは高く売れる」

 異国の商人は目を輝かせて言いました。
 天の子どもは、生き生きと語る商人が、うらやましくなりました。

「いいなぁ、ぼくにも何かできることはないだろうか……」

 天の子どもはつぶやきます。

「仕事はしていないのかい?」

 商人が尋ねると、天の子どもは黙ってこくっとうなずきます。

「よろしい。それなら私が君をやとってあげよう。私の国にも来てみるかい? ちょうど人手がほしかったところだ」

「本当ですか? ぼく、何でもやります!」

 天の子どもは喜びました。
 初めて職を得たのです。
 やっと自分にもできることがみつかったと思いました。

「よろしい、よろしい。さっそく仕事だ。私はこれから街の方に行って商売し、市場まで足を運ぶつもりだ。私が戻ってくるまで、船をしっかり見張っていておくれ」

 商人は再び大きな荷物を背負い、よろよろ歩いていきました。

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