になる

文字数 1,087文字

「綺麗だねえ」

妹が明るい声で呟いた。
妹―栄子は、何故か昔から異常な人間の標的になりやすい子だった。そして、その異常な人間はいつも女だった。嫉妬、執着、恋慕。様々な女の悪意に晒されていた。兄の目から見ると至って真面目で、特に美人でもない、普通の子なのだが。

一年前、栄子は大きな事件に巻き込まれた。そしてそれは、いつもと違っていた。その事件を起こしたのは男だったのだ。
栄子に恋慕したその男は、家族ぐるみで栄子を攫い、残酷な方法で殺そうとした。栄子は幼馴染みの敏彦くんに助けられ、命からがら逃げ出したらしい。その後、犯人の男とその仲間が異様な姿で死んでいたため、敏彦くんと栄子が殺したのではないかなどの憶測が飛び交い、一時的に猟奇的で不可解な事件として面白おかしくメディアに取り上げられた。
事件のあと、栄子はしばらくの間ぼんやりと家で過ごした。家族は皆心配したが、彼女はぼんやりとしていること以外は、特に普段と変わらず生活を送っていた。そして年が明けると「復学したい」と言って粛々と勉強を始めた。父と母は反対したが、栄子が何かやる気になってくれたことが嬉しくて、私が面倒を見ると約束して、栄子の復学を後押しした。

新学期の始まるひと月前になって、栄子は「あの海に行きたい」と言い出した。あれほどの事件が起こった場所に、その当事者にも関わらず行きたいと言い出したのには驚いたが、もしかしたらあの場所に行き、事件がすべて過去のものになったとしっかり認識することで、精神的に安定するのかもしれない。そう思ってこの海に来た。勿論父と母は心配したし、妹の希望もあって私が付き添って、だが。

それにしても――栄子は綺麗になった。
あの事件のあとからあまり食事を取らなくなり、その代わりに水を大量に飲むようになった。あまりにも不健康だと心配したが、栄子の肌は以前より艶を増し、顔立ちが変わったわけでもないのに華やかな印象になった。
家に遊びに来た友人達に連絡先を教えろとか紹介してくれと言われたことも一度や二度ではない。たまに連れ立って出掛けると、常に男たちが熱い視線を投げかけた。

「お兄ちゃんこっちに来て」

栄子が腕を絡めて無邪気に笑う。そのしっとりとした感触に言いようのない劣情に襲われた。今ここで、兄である男がその肌に触れたら、妹はどんな顔をするだろう。昂る心をなんとか理性で押し込めて歩を進める。
洞窟らしきところに入ると、栄子は扇情的に微笑んだ。

「もうお兄ちゃんしか私を助けられないの」

夜の海は恐ろしくも美しく、月明かりが妹の肌を照らしていた。



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