第7話 俺はブチ切れた!

文字数 2,573文字

山の中、道なき道を進んで行く。
登りが続き、男たちの息づかいだけが響いていた。
5人の部下が、汗をふきながらゲイルを見る。
サトミは疲れを知らず、足取りも軽い。
ゴールが見えない不安から、ゲイルが足を進めてサトミに声をかけた。

「おい、一体いつまで……」

「しっ」

サトミが後ろに止まるよう合図する。
じっと耳を澄ませるように動きを止めて、やがて振り向くとサイと6人を集めた。

「この先100フィート(約30m)先に山小屋か何かがあるはずだ。」

「はずってなんだよ。」

「だって、俺は見たこと無いからな。
でも、道が無いところを見ると、恐らく廃墟だと思う。
俺たちの現在地はここ、小屋はどっち向いてるかわからねえ。
ただ、人の配置はわかる。
小屋の外2人は正面と左、そして、外かな?中かな?女2人の近くに3人だ。」

「はぁ???なんで100フィート先が…」

兵の一人が、たまらず怪訝な声を上げる。
だが、サトミはさっとそれを制した。

パーン!タタタ!タタタタタ!

パーンパンパン!

遠くで、音が響いて皆が顔を上げる。
とうとう、隊長たちが山班と合流して、館で戦闘が始まってしまったのだろう。
単発的に銃声が響く。

「俺への不信はあとで聞く。とにかく……」

ふと、サトミが顔を上げて振り返った。
銃声は、すでに聞こえない。
こちらと二手に分かれているなら、すぐに制圧できるほど敵の数が少なかったのかもしれない。

何を考えているのか、奇妙に笑ってサトミがこちらに向き直った。

「とにかく、二手に分かれて外二人を一斉に押さえる。
奴らは今の銃声を聞いて、多少油断しているはずだ。」

兵の一人が、サトミを制し、ニッと笑って親指を立てた。

「皆まで言うな。スピードが命だ、だろ?」

「イエス!よし、行こうぜ。」

サトミが行こうと手を上げる。


「この……」

ふざけやがって、このガキ!!

いきなり、ゲイルが横しまにサトミを殴ろうとした。
サトミは、まるで自動的に動く人形のようにサッと避ける。

「いてっ!」「くそっ!」

勢い余って横にいた部下を殴ってしまい、余計に頭に来たのか銃を構えて引き金を引く。

タタタンッ!

撃つと同時にバンッとサトミが銃口を横に払い、そしてゲイルのみぞおちに拳を入れる。

ドスンッ!

鈍い音がして、彼はたまらず銃を落とすと腹を抱えて膝を付いてうずくまり、胃の中を全部吐いた。

「ガハッ!ゲエェェ……ゴホッ!オエッ!」

それを見下ろしながら、サトミが冷たい目を向ける。
首に巻いたスカーフを下ろし、顔を出すと苦々しそうに吐き出した。

「てめえ、手を出さねえなら黙っているつもりだったが、俺はブチ切れた!
俺たちの存在を知らせやがったな。クソ野郎!」

「何を言って……一体……」

サイが怪訝な顔で呟く。

「こいつだよ、森のあのポイントまで自然に誘導しやがった。
後ろからな、見てるとわかんだよ。
どうせ昇進かなんかと取引してやがるんだ。俺たちの命と引き換えにな。」

サトミの言葉に、彼の部下たちが驚愕する。


「馬鹿なことを!」

「班長が?!そんなこと……」

ゲイルが苦々しい顔で、顔を上げる。

「お前ら、こんなガキと……俺の…ゴホッ、…どっちを信じるんだ…よ!」

腹を押さえて、苦しそうに歯がみする。
だが、すでに部下たちは顔を見合わせながら、小さく首を振る。
何か、思い当たることがあるのだろう。

「俺たちだって、あんたを信じたいさ……」

「でも……」

ふと、サトミが顔を上げ、チッと舌打つ。

「移動しよう、奴らが動き始めた。」

「班長はどうする?」

「どうしたい?あんたらに任せる。」

「置いていこう。敵も味方ならやりにくいな。」

ぼやく兵たちに、ハッとサトミが笑う。

「敵は敵だぜ、おっさん。ただ、同じ軍の装備付けてるだけだ。
友軍でも、銃を向けられたら敵だ。」

サックリ鮮やかに言い切るサトミに、大人たちが呆れて吐き捨てた。

「お前みたいにな、大人は簡単に切り替えられないんだよ!クソガキ!
さあ、夫人と子供を助けに行こうぜ!赤ん坊はこの国の未来だ!」

「ハハッ!あんたら、自分が地雷引っかけてたら死んでたんだぜ?
殺されそうになったこと忘れんなよ!
でもいいぜ、その意気。俺に入隊したこと後悔させるなよ!」

班長のゲイルが、サトミに石を投げてくる。
避けずに蹴り返して、ため息交じりに返した。

「なあ班長さんよ。
あんたを残していくことは、俺たちにはリスクになる。
それでも、あんたの部下はあんたを生かして残すことを選んだんだ。
俺は甘いと思うんだがな。
あんたは、この意味をよく考えろ。」

「うるせ……この、クソガキ…覚えてろよ。」

「バーカ、覚えてねえよ。行こうぜ。」



サトミが自分の部下たちを引き連れて森に消えて行く。
ゲイルはまだ痛い腹を押さえて、ようやく脇の木を支えにズルズルと立ち上がった。

「畜生、ガキのくせにリーダー気取りしやがって。
何でバレてんだよ、一体何なんだ?あの化け物は。
なんで100フィート先がわかるんだよ。クソッタレ。
く、くそっ、ウウ、う……足に力が入らねえ。
一発浴びただけなのに…」

がくりと膝を付き、木にもたれかかると、彼らからもらった衛星電話を取ってナンバーを押す。

『何だ』

「バレた。変なガキが飛び入りで入りやがって、計画が狂った。
そっちに向かっている。」

『何人だ』

「7人だ。
俺は殴られて動けない、内臓がどうかなってるかもしれねえ、すまないが救助求める。」

『わかった』

「助かるよ、頼む。」

ふう、と息を吐く。
木の根元に座ったまま、ゴホッと咳をした。
何かを口から吐き出して驚愕する。
手の平に、血がべっとりと吐き出されていた。

「ひっ!一体、一体……ゴフゥッ!」

鼻と口から血があふれ始め、ゲイルがその場に突っ伏した。

俺は、俺はガキに一発食らっただけなのに、こんな……
ダンプとでもぶつかったってのか?

次第に気が遠くなる。
たすけてくれ
たすけて

心で呟いて、ハッと目を見開く。
衛星電話の、通信状態が点滅を繰り返している。

「あ……あれ?あれ?」

受話器を取って、さっきの番号にかける。
コールは鳴らず、シンとして通信を成さない。
息をのんだ。

この電話、番号が…存在が、削除されたってのか?

こんな森の中、通信切ったら場所も追えねえ。
あいつら……

あいつら……

俺を鼻から助ける気なんざ……

ゲイルがズルズルと、血を吐きながらその場を這って、宙に手を伸ばす。
視界が暗く落ちる中、その先に、仲間の姿はなかった。
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登場人物紹介

・サトミ・ブラッドリー

日系クォーター、黒髪、ブラウンの瞳。短髪だがボサボサ。中肉低身長、禁句はちっこい、チビ。

使用武器、主に背の日本刀。

11才まで全盲。周囲にいる者を感知できる。

小柄でよくチビと言われるが、生まれつきか日本刀を振り回す為か人間離れした筋力を持つ。

入隊を条件に目の手術を受けたため、家族の顔を知らない。両親と妹がいた。


・サイ・ロイン軍曹

第11歩兵師団、軍曹。負傷して治療後、兵の教育を行っていた。サトミの監視、行動の把握、逃がすなと命令される。気のいい奴。おっさん。

・黒服

カラン・グレイル、30代。白髪、ブルーの瞳。

ある部隊から派遣された。サトミの監視と逃亡防止、行動の報告の為に常に同行している。

サトミから一時離れる為、サイに監視を頼む。

・ボス

ある部隊のトップ。軍人では無い。

ある部隊は軍では第一師団の特殊部隊と言う認識で通っている。殺し屋、殲滅部隊。

サトミは自らスカウトした。

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