第2話 野々花
文字数 1,938文字
目をきつく閉じ、男の動きに合わせて喘ぎながら、野々花 はうんざりしていた。
心の中で悪態をついた。
(早くイケよ、デブ!)
男の汗が顔に落ちてくる。
思いっきり顔を背けながらも、野々花は嬌声を上げ続けた。
とっとと仕事を終わらせるために。
汗まみれで腰を動かしていた男がやっと、最後の声を上げた。
「こわれちゃうよ! こわれちゃうよ!」
智和 がイク時の、いつもの声だった。
初めてこの言葉を聞いた時、野々花は可笑しくって笑ってしまった。
そして今も、力尽きぐったりと野々花の体にのしかかる智和の頭を撫でながら、野々花の口は思わず緩んでいた。
(やっと終わった)
下手くそ、短小、遅漏。おまけに20以上も年上。
それでも野々花はこの智和が、それほど嫌いではなかった。
いやむしろ結構好きかもしれないと、智和の頭を抱えながら小さくため息をついた。
少なくとも智和は、野々花が今まで会ったどの男よりも誠実に思えた。
――それに、金回りもいい。
シャワーを浴び終えた野々花が部屋に戻ると、ホテルのローブ姿の智和が背中を丸め、ソファに座っていた。
野々花は隣に腰を降ろし、智和の手元をのぞき込んだ。
「おかしいよね、これ……落としただけじゃ、こんなには割れないよね? 誰かが壊したんじゃないのかな?」
智和は液晶の割れたスマートフォンを手にしながらつぶやいた。
智和の息子、鷲宮一輝 は去年8月、温室の中で熱中症で亡くなった。
まだ35歳だった。
ところが先週、行方不明だった一輝のスマートフォンが町外れの神社で見つかった。
智和が手にしているのは、その亡くなった息子のスマートフォンだった。
「あんな所に、誰が置いたんだと思う?」
野々花はうかつなことは言えないと、黙っていることにした。
微笑みながら智和の股間に手を伸ばして、萎えたペニスを弄んだ。
「もう出来ないよ」
「まかせて」
野々花は智和からスマートフォンを取り上げると、手を引きベッドに仰向けに寝かせた。
睾丸を丁寧に揉みほぐしながら、力なく縮こまったペニスを口に含む。
ゆっくりと優しく舌を使いながら、野々花は死んだ鷲宮一輝のことを考えた。
鷲宮一輝――不気味な灰色の目をした鷲宮家の跡取り息子。
(……あの人は、私に怒っていた……ものすごく怒っていた……もしまだ生きていたら、あの人は私を町から追い出そうとしたかもしれない……)

野々花がみずほ町に来たのは、8年前。
インターネットでみずほ町の移住支援を知ったことがきっかけだった。
自然豊かなみずほ町が気に入った野々花は、古民家に手を入れて長年の夢だったパンケーキの店を開いた。
そして、開店前から何かと野々花を気にかけてくれたのが、智和の妻であり一輝の母親、鷲宮輝子 だった。
輝子のおかげで野々花の店は、町の女達のたまり場として賑わい、よそ者に警戒心を持つ地元の人間達とも、すんなりとけ込んでいくことが出来た。
5年前、その輝子が亡くなった。
輝子が亡くなってからしばらくして、一輝が野々花の店にやってきた。
妻を亡くして一人になった智和の世話を、野々花に頼んできたのだ。
輝子の体調が良くない時から家事を手伝いに行っていたし、提示された手間賃も良かったこともあり、野々花は一輝の申し出を快く引き受けた。
だが、智和とこういう関係になるとは……。
一輝から依頼を受けた時の野々花は、正直予想もしていなかった。
二人の関係は町の誰にも気づかれないよう慎重に隠してきたつもりだったが、よりによって一輝に気づかれてしまった。
野々花との関係を息子に知られても、智和は『野々花さんとは、真面目に交際している。将来のことも考えている』と一輝に言い切った。
野々花は驚いた。同時に幸福感に舞い上がった。
鷲宮の家は代々続く大地主。その分家とはいえ、智和もかなりな資産家だった。
40過ぎの野々花にとって、このまま智和の妻として落ち着くのは悪くない未来だった。
だがその幸福も長くは続かなかった。
(あなたの身辺調査をさせてもらった。父にも全て話す)
一輝に突然言われた一言で、野々花は目の前が真っ暗になった。
自分を非難する冷たい灰色の目に、すくみ上がった。
一輝からだけでなく、町中から後ろ指をさされているような気がして、おびえた。
18からピンサロで働き、20でソープ勤め。
上下の口で男をくわえることしかしてこなかった野々花は、金を貯めて過去を捨て、みずほ町にやってきた。
この町に来て、やっと
願い続けたこの
徐々に硬さを増す智和に舌を這わせながら、野々花は思う。
――鷲宮一輝がいなくなって、本当によかった――
心の中で悪態をついた。
(早くイケよ、デブ!)
男の汗が顔に落ちてくる。
思いっきり顔を背けながらも、野々花は嬌声を上げ続けた。
とっとと仕事を終わらせるために。
汗まみれで腰を動かしていた男がやっと、最後の声を上げた。
「こわれちゃうよ! こわれちゃうよ!」
初めてこの言葉を聞いた時、野々花は可笑しくって笑ってしまった。
そして今も、力尽きぐったりと野々花の体にのしかかる智和の頭を撫でながら、野々花の口は思わず緩んでいた。
(やっと終わった)
下手くそ、短小、遅漏。おまけに20以上も年上。
それでも野々花はこの智和が、それほど嫌いではなかった。
いやむしろ結構好きかもしれないと、智和の頭を抱えながら小さくため息をついた。
少なくとも智和は、野々花が今まで会ったどの男よりも誠実に思えた。
――それに、金回りもいい。
シャワーを浴び終えた野々花が部屋に戻ると、ホテルのローブ姿の智和が背中を丸め、ソファに座っていた。
野々花は隣に腰を降ろし、智和の手元をのぞき込んだ。
「おかしいよね、これ……落としただけじゃ、こんなには割れないよね? 誰かが壊したんじゃないのかな?」
智和は液晶の割れたスマートフォンを手にしながらつぶやいた。
智和の息子、
まだ35歳だった。
ところが先週、行方不明だった一輝のスマートフォンが町外れの神社で見つかった。
智和が手にしているのは、その亡くなった息子のスマートフォンだった。
「あんな所に、誰が置いたんだと思う?」
野々花はうかつなことは言えないと、黙っていることにした。
微笑みながら智和の股間に手を伸ばして、萎えたペニスを弄んだ。
「もう出来ないよ」
「まかせて」
野々花は智和からスマートフォンを取り上げると、手を引きベッドに仰向けに寝かせた。
睾丸を丁寧に揉みほぐしながら、力なく縮こまったペニスを口に含む。
ゆっくりと優しく舌を使いながら、野々花は死んだ鷲宮一輝のことを考えた。
鷲宮一輝――不気味な灰色の目をした鷲宮家の跡取り息子。
(……あの人は、私に怒っていた……ものすごく怒っていた……もしまだ生きていたら、あの人は私を町から追い出そうとしたかもしれない……)

野々花がみずほ町に来たのは、8年前。
インターネットでみずほ町の移住支援を知ったことがきっかけだった。
自然豊かなみずほ町が気に入った野々花は、古民家に手を入れて長年の夢だったパンケーキの店を開いた。
そして、開店前から何かと野々花を気にかけてくれたのが、智和の妻であり一輝の母親、
輝子のおかげで野々花の店は、町の女達のたまり場として賑わい、よそ者に警戒心を持つ地元の人間達とも、すんなりとけ込んでいくことが出来た。
5年前、その輝子が亡くなった。
輝子が亡くなってからしばらくして、一輝が野々花の店にやってきた。
妻を亡くして一人になった智和の世話を、野々花に頼んできたのだ。
輝子の体調が良くない時から家事を手伝いに行っていたし、提示された手間賃も良かったこともあり、野々花は一輝の申し出を快く引き受けた。
だが、智和とこういう関係になるとは……。
一輝から依頼を受けた時の野々花は、正直予想もしていなかった。
二人の関係は町の誰にも気づかれないよう慎重に隠してきたつもりだったが、よりによって一輝に気づかれてしまった。
野々花との関係を息子に知られても、智和は『野々花さんとは、真面目に交際している。将来のことも考えている』と一輝に言い切った。
野々花は驚いた。同時に幸福感に舞い上がった。
鷲宮の家は代々続く大地主。その分家とはいえ、智和もかなりな資産家だった。
40過ぎの野々花にとって、このまま智和の妻として落ち着くのは悪くない未来だった。
だがその幸福も長くは続かなかった。
(あなたの身辺調査をさせてもらった。父にも全て話す)
一輝に突然言われた一言で、野々花は目の前が真っ暗になった。
自分を非難する冷たい灰色の目に、すくみ上がった。
一輝からだけでなく、町中から後ろ指をさされているような気がして、おびえた。
18からピンサロで働き、20でソープ勤め。
上下の口で男をくわえることしかしてこなかった野々花は、金を貯めて過去を捨て、みずほ町にやってきた。
この町に来て、やっと
普通
が手に入った。願い続けたこの
普通
は、どんなことをしてでも守りたいものだった。徐々に硬さを増す智和に舌を這わせながら、野々花は思う。
――鷲宮一輝がいなくなって、本当によかった――