第1話 初回カウンセリング

文字数 2,042文字

「私には本当にカウンセリングなど必要ないんですよ」
不機嫌そうに男は言い放つ。
「そうですか。しかし、ハルセさん。このところ心身ともに疲労を感じているんじゃありませんか?」
医療関係者だからこそ、カウンセリングをうけることなど受け入れがたい現状はいまだにある。
「そんなのは医者としてしょうがないですよ。まぁ昔より疲れが抜けにくくなったというのは事実ですがね」
「そうですよね。多忙ですし、最近睡眠や食欲はいかがですか?」
「睡眠障害の方は、まぁ・・・一時期ほどではないです。食欲もなんとか・・・」


「そうですか、それはよかった」
「では、気力の方はどうですか?」
「気力・・・そうですね。そこはなかなか・・・」
50代の男性、ハルセ、職業は医師。業務中の様子が以前と違いミスが増えたことやちょっとしたことでカッとなり同僚とのトラブルが増えたこと、健康診断でのメンタルチェックで休養の必要性とカウンセリングの受診を勧められターナーの勤務する○×病院心理相談室に来所した。
「ずいぶん重症の患者さんを治療されたのですよね。その後お休みは取れましたか?」
「そんな重症患者ひとりに関わったからっていちいち休んでられないですよ。患者はひっきりなしに来るし、他の業務もありますからね」
「そうですよね。しかし、今回の患者さんは随分世間から注目を浴びて、治療の他にマスコミ対応など気を遣うことが多かったんじゃないですか?」
「まぁ、確かにそうですが、逆にやりがいもありました。ほとんど回復する見込みがない状態から結果を出すことができましたから」
「そうですか」
「ハルセさんは医師としての仕事に強い責任感がおありですね」
「当然でしょう。患者の命を預かっているのですから。少々の犠牲はつきものです」
「少々の犠牲・・・。今回犠牲にされたものはなんだったのですか?」
「そんなの言葉の綾ですよ。何も犠牲にしてなどいません」
「ハルセさん、想像するに大変ご苦労の末の治療だったと思います。最重度の熱傷治療、何度も危ない場面があったそうですね。さらには真摯に患者さんに向き合ったと伺っています。かなりの時間を使って患者さんを理解しようとされたのではないですか?」
「まぁ、そうですね。でもそれが私のやり方ですよ。どんな患者も平等に扱う。難しいときほどまっすぐにぶつかっていく。この方法でずっとやってきました」
「はい、素晴らしいと思います。ハルセさんのご尽力、チームの協力の甲斐あって素晴らしい結果につながったのでしょう」
「そうですね、チームが一丸となってという言葉が本当に当てはまります。チーム医療とは言うもののなかなか難しいんですよ、本当は。しかし、今回は他科の医師、看護師、コメディカルまでもが本当に一丸となって戦いました」
ハルセは急に饒舌になり生き生きと話し出す。

今起こっているかの如く興奮冷めやらない様子だ。

「ハルセさん、さきほどチーム一丸となって戦ったとおっしゃいましたね。戦いは終わったはずなのになぜ睡眠障害は残り、気力が回復しないのでしょうか?」
「それは、半年間もそういう状態が続いたんですから習慣化するでしょう。時間がたてば収まりますよ」
「では、どんな患者も平等に扱い、難しいときほど真っ向からぶつかっていくスタイルでこれまで来られたとおっしゃいましたね。以前もこのような状態になったことがおありですか?」
「いや、それはないですね」
ハルセがむっとした様子で答える。
「以前から同じスタイルでやってこられて今回このような状態になったのはなぜでしょうか?」
「しかも、大成功を収められたのにです。何かこれまでと違う点があったんじゃないですか?」
ハルセはターナーの言葉を受け入れないようにとは思いつつも気になってしまう。ハルセ自身も今の状態には一抹の不安があったからだ。これまでと同じようにやったつもりなのに、


なぜこんなに気力が戻らないのだろうか?


しかも、ターナーの言うように成功を収めたはずなのに・・・だ。うまくいったと思っても気を抜けないのは常々だが、今回の患者はある程度回復したのちに転院した。


もう自分の仕事は終わったはずなのに。

「きっと何か今回違ったのでしょう。少し休憩しつつ一緒に考える時間を作ってみませんか?」
「そんな休憩などとっている暇はありません」
「悠長にカウンセリングなど受ける時間は私にはありませんよ。今回は病院の義務で一度来ただけです。産業医の診察を受けたという形ができればここにはもう来ません」
「そうですか、ではまた必要になったときにお越しください。きっとお力になれると思います」
ターナーは自信ありげに言った。きっとハルセはまた来ることになるだろう。


使命感、責任感が強いから、熱心だから、真摯に他人に向き合うからこそ起きる。


そう、それがバーンアウトだ。

何を言ってるんだか、カウンセリングごときでこの状態が改善するはずないだろう。
初回面接終了。次回の予約はなし。

ハルセはそそくさと自分の勤務する病院に戻っていった。

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登場人物紹介

ハルセ(50代)

△△病院医師

情熱にあふれ、患者、治療、医療に真っ向から向き合う。

ある重症患者の治療に関わった後に心身ともに疲労感を抱え、ターナーのカウンセリングを受けることになった。

ターナー(年齢不詳)

〇×病院カウンセラー

サバサバした長身の美人。患者思いの優しい面もあるが、カウンセリングはスパルタ

ターナーの元に来る患者が少しでも心安らぐことを目指してカウンセリングに奮闘する!

今回は人と関わる仕事に潜む問題「共感疲労」の問題がテーマ。

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