第1話

文字数 1,933文字

実家から荷物が届いた。
蓋を開けると土の香り、その正体は泥付き筍。
それが、箱いっぱいに綺麗に収まっている。
懐かしい裏山の匂い。

匂いとは不思議なもので、嗅いだ瞬間にその当時を思い出す。
少し薄暗い裏山は、子供の頃よく遊んだ場所。
竹林の地面は、ふかふかで歩きにくいし、埋もれて見えない筍やゴツゴツとした竹の根が、更に邪魔をして、よく転んだものだった。そんな場所での鬼ごっこは凄く楽しかった。とくに春は、竹の成長が早く、数日前まで通れた場所が通れない、ということがよくある。まさに天然トラップだらけで子供心をくすぐった。

「昨日宅急便出したから、朝に筍届くよ」
と、一時間ほど前に、実家の母から電話があった。
父が掘った筍を、母が梱包し娘の嫁ぎ先まで送ってくれた。
ありがたいことです。両親に感謝。

実家は関東にあり、筍は丸太のように太い孟宗筍である。
筍といったらこれが普通だと思っていたが、そうでもないらしい。
ここ北東北では、筍と言ったら姫タケ(ネマガリタケ)を指す。私が嫁いできて、最初に受けたカルチャーショックは、まずこれだ。

嫁ぎ先の義父は姫タケをこよなく愛し、推奨していた。
毎年五月になると義父母はタケノコ採りに出かける。熊に遭遇する事の多い危険なレジャーなのだが、多くの地元民がそれを楽しみにしている。それほどまでに姫タケは魅力的なのだ。

初めて姫タケを食べた時は、ものすごく感動した。茹でたての鮮やかな緑とぽくぽくと歯切れの良い食感。マヨネーズを付けて食べると手が止まらなくなる。私はすぐに姫タケの虜となった。義父が推奨するのも頷ける。ここに来なかったら一生知らなかった味、それを食べさせてくれた義父母には感謝しかない。

もちろん関東の孟宗筍も大好きだ。筍それぞれに良いところがあって、全く別のものとして美味しい。

皮剥き作業をする為に、玄関先で新聞紙を広げていると、義母が現れた。
「筍、もうそんな時期、早いね」
確かに関東での春は、ここではまだ寒い。
義母はそのまま庭へと向かった。ここ数日、義父母は物置の屋根を修理をしている。
筍は鮮度が命。さっさと皮を剥いて下処理をしなければ。
筍は五本、新聞紙とゴミ袋さえあれば十分だろう。その考えは後に後悔することとなる。
「剥けない、指痛い、全然進まない」
鮮度が命の筍が、どんどん温まっていく。
そうだった。昨年も後悔しながら皮を剥いたのだ。
その日は皆留守をしていたので、昼過ぎまでご飯も食べずに皮を剥き、たまたまやってきたヤクルトレディさんに泣き言を言ったことを思い出した。横着者はこうして毎年同じことを繰り返すのかもしれない。
そんなことを考えていると、目の前に黒い手袋が。
「これ、着けて」
義母が外作業用の厚地手袋を出してきた。
「汚れていいから、ほら」
そう言って泥だらけの私の手に手袋を渡す、そして作業途中の筍を掴んで安定のいい場所へと置いた。
「包丁使って切った方が良くないか?ほれ、こうやって」
山菜やタケノコ採りのプロである義母は、家の外にそれ用の包丁がすでに用意してある。ぱぱっと包丁を出すと、縦半分に浅く切れ目を入れた。
手際がいい。
「細いタケノコはそうしてたけど、うわ、堅いな、でも一枚一枚よりかは剥けるんじゃないか?ほら、やってみて」
そういって包丁を渡し、また仕事に戻っていった。
きっと義母は気になって仕事にならなかったのだろう。
義母ありがたや。
包丁はもの凄く切れた。作業がすこぶる早い。
筍の服はみるみる脱がされ艶やかな肌が出てくる。いいね、いいね。
慣れてくると鉛筆のように切ることも出来た。さすがにこの切れ味じゃないと出来ない荒業だ。皮剥きが楽しい。
包丁研ぎ名人の義母と包丁を作った人に感謝。

義父は嫁いできた当初、姫タケを褒めるあまり孟宗筍を悪く言うことが多かった。
昔、一度食べた時の印象が良くなかったようだ。
「大きくて堅い筍は食えたもんじゃねえ」
姫タケを褒める時には、口癖のようにもれなく付いてきた。
嫁いだ頃は、関東の筍の時期は終わっていたので、実家から送られてくることは無かった。が、その翌年から毎年、孟宗筍を食べることになるとは、この時の義父は夢にも思わなかっただろう。
そんな義父に二十年、大きくて堅い筍を出し続けているが、今は何も言わず皿を空けるようになった。食わず嫌いが直ったのか、はたまた嫁に根負けしたのか、それはわからないが、食べてくれるのは大変嬉しい。旬のものはすべて美味しい、ありがたく頂きましょう。

大鍋に筍、水、米ぬか、赤唐辛子を入れる。
筍は大鍋二つにもなった。これは中々の迫力。
それをふつふつと弱火で煮込むと、徐々に米ぬかと筍の何とも言えない香りが家中に広がっていく。
私は深く鼻から息を吸う。

「ああ、春の匂いだ」
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