文字数 564文字

 私は虚無になれぬまま(よど)みにいる。なにも存在しない。闇が底に溜まるだけ。私はここで永遠の時を過ごす。永久に悔恨を抱えたまま。

 誰かが私を訪ねてきた。おどおどとしながら、私に手を差し伸べる。この男は見覚えがある。


 一年前に妻を亡くした私は、長期出張のため娘を預かってもらうため、彼女の実家に向かうところだった。四歳の娘はすやすや寝ていた。私はいろいろなことに追いつめられながら、チャイルドシートがついたままの妻の車を運転していた。夜の高速道路を必要以上に荒い運転をしながら。

――やめましょうよ

 幻聴がした。

――人を傷つけますよ

 私は(さと)す声に怒りを覚えた。車を更に飛ばして、緩いカーブで制御できずに……、あの声に逆恨みした。
 お前のせいでさらに自暴自棄になり、娘までもと……。


「ごめんなさい。僕のせいですよね。黙っていたら事故は起きませんでした」

 男は言う。私は首を横に振る。すべては私のせいだ。
 ふいに男は強い眼差しになる。

「行きましょう。待っていますよ」

 男の向こうに白い光が見えた。娘を抱っこした妻が笑っている。
 私は男の手を借りて澱みから出る。私さえも赦された。男は去っていく。

「おじちゃんにチョコもらったの。でもお酒が入っているからパパにあげる」

 娘ごと妻を抱きしめながら、白い光に包まれる。


              終
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