第3話

文字数 2,065文字

 九谷焼に出会って10年目、5か所目の勤務地、東京に戻ってきていた。
 定期的な転勤で落ち着いた関係を築くことができず、「独身だからいいでしょ」と次なる転勤を招いてしまう状況。そうやって流されるのもけっこう楽しい経験だけど、もう歳も歳だし、子どもも欲しいしと、ここらで落ち着くべく婚活とやらに手を出していた。そんな焦りを抱えつつ、相手への気持ちが良くわからないまま、この後どうしたいのかもわからないまま、誘われるままになんとなくデートを重ねていた男性がいた。
 あの頃、兼六園の雪吊りのライトアップ写真を見たのは、何がきっかけだったか。開業して3年の北陸新幹線には乗ったことがなく、気にはなっていた。更に、父から一眼レフカメラをお下がりでもらったばかりで、何か撮影しに行きたいとうずうずしていたタイミング。しかも次の三連休には大寒波が近づいてきているので雪がしっかり降るかもしれない。久々に赤絵も見たい。これは、行きたい!
 デート相手の彼から別の旅行のお誘いはあったが、「私は雪吊りを見たいから、金沢に行ってくるね!」と、ホテルだけ取ってそのまま新幹線で金沢に向かった。
 降りたのは、ものすごい人数の様々な国籍の人が行き来する、 高い天井で広い構内の駅。同じなのは駅名だけで、10年前とはまるで違っていた。
 大ぶりのお寿司、雪の尾山神社、久しぶりの県立美術館。昔旅行した場所を懐かしみながら、夜を待つ。その間デート相手からは、「僕も仕事終わりに金沢に行きたい」という連絡があったが、「気を遣わず自由に行動したいのになあ」という思いが最初に浮かび、「好きに動きたいから、無理して来ないでね」とメッセージを返した。
 夕方が近づいた頃、防寒対策にしっかり着こんでカメラを持ち、兼六園に向かう。薄明るかったあたりが暗くなるにつれ、園内の雰囲気が刻々と変わる。
 返信が来ていて、もう新幹線に乗ったという。私はよく撮れた写真を一枚、返信代わりに送ると、「兼六園かあ」。場所がわかったらしい。それならいずれここに来るだろうと、景色に集中することにする。
 雪吊りのビュースポットは無数にある。池の周囲をぐるぐる回ると、ライトアップされた樹々の見える角度が変わり、違う表情を見せる。皆好きな角度を探しながら撮るので、灯籠の周囲を除けば、一か所に人が集中するということがない。ゆっくり撮影を楽しめるのだ。
 そのうちにも、少しずつ闇が深くなり、更にコントラストが増して、また雰囲気が変わる。そんな感じでまた別の写真を撮ることができ、気づけば池を何周もしていた。
 彼もさすがにもう着いた頃では、と思ってからしばらく経つが、音信がない。この景色を見なければ、寒いなか金沢まで来た意味ないのになあと思う。城址にも遠征しつつ、閉園近くまで写真を撮り続けた。
 あまりにも寒くお腹が減ったので、香林坊まで下りて一人で晩ごはんを食べられるところを探す。どこにも入りあぐねていると、古びた建物の一階にいかにもお酒が飲めそうな横丁があり、その中のとあるお店がとても気になった。繊細な格子戸にシンプルなのれん、メニューも出ていない。でも雰囲気が良さそう。この十年ですっかり身についた嗅覚と突撃精神。思いきって戸を開けてみると、カウンター6席のうち空席が1席だけ。
 一人前ずつ繊細に盛り付けられたお料理はどれも美味しい。地元のお酒をいただくと、凍えた身体と気持ちが暖まる。少しずつ空間にも慣れて、他のお客さんに声をかけると、かなり前から予約して、このお店を目当てにわざわざ東京から名古屋から金沢まで来た方ばかり。たまたま一席だけ空いていたからの、素敵な出会い。ひとりでなければ出会えなかった。
 2軒目のオススメまで教えてもらって、そのバーでさらに一杯。ようやく遅れて来た相手と落ち合って話す。合流しなかったのは、着いたら寒かったし、駅前で映画を見ていたと。とは言うものの多分私がそっけなくて連絡がなくて拗ねていたのだと感じた。取ったホテルも違っていたので、夜中に解散した。
 翌日は特に連絡もないので、また一人であの赤絵の小部屋や茶屋街へ。人が多いいわゆる観光地を少し外れると静かな街並みが広がり、美味しそうなパンを買って、かじりながらゆっくり見て歩いた。しかし、何度行ってもあの小部屋には魅了されてしまう!
 結局、向こうからは昼にはもう帰ると連絡が入った。一人が自由気まますぎて、合わせるほどの気持ちが湧かず、私からは連絡できなかった。人を放置してまでひとり旅をしてしまう申し訳なさと、結局はその人を受け入れられなかった申し訳なさ。罪悪感だらけになりながらも、茶屋街をまわり、骨董を見、カフェでコーヒーを飲んだり、夕方になって空いた近江町市場で立ち飲みしたり、「のんびり金沢散歩」をしながら考え続けた。
 今回のことをきちんと謝り、でも期待に応えられない自分をちゃんと話そうと心に決めた。自分に気持ちがなければ関係を大事にできない、そういうことだ。
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