第106話

文字数 1,194文字

 居心地は悪いが、席替えの直後はいつもこんなもの。そう思って昭に話かけてみる。昭も同じことを思っていたのか、目が合った。昭はプロ野球も好きだが、高校野球も大好きだ。夏の甲子園を制覇した大阪のピエール学園が、秋の地方大会でも圧倒的な強さで勝ち進んでいることを話題に振った。
「龍太も甲子園、興味あるのか?」昭が乗って来た。
「もちろん。四国の井毛谷高校が強かったのに、ピエール学園の一年生コンビが活躍して優勝しちゃったのは、凄かった」
 宮崎から東京に来た龍太は、野球そのものよりも代表校のあるその土地にまず関心があった。JHKで試合を観るにしても、「学校紹介」や「ふるさと紹介」の数分間が楽しみだった。それでも試合を観ていれば白熱する。この夏、ダークホース的なピエール学園の強さは衝撃だった。
「ああいう、一年生から活躍する選手って、三年生までずっと甲子園に出られるとも限らないから、余計に面白いんだよ」
 そう言って龍太の知らない話を始める昭。篠山さん、河田さんは全く話に入り込めない。彼女たちもそれぞれ班内の友好を早めに築きたいはずだ。そう思って龍太は、話の合間に割り込む。
「篠山さん、河田さん。どこか行ってみたい県とか、ある?」
 昭はちょっと不服気に目を泳がせつつ、牛乳のストローを銜え一気に吸い込んだ。
「私は、北海道。広々していそうで、いいなあって。一面のラベンダーとか、憧れる」
 篠山さんが言うと、興味深そうに河田さんが顔を向けた。
「そんなところがあるの? すごいな、よく知ってるね。私は、そうだな、よく分かんない」河田さんは真面目なのだけど、あまり賢い部類には入らない。
「俺は富士山に登ってみたいから、静岡。あれっ? 山梨か?」昭も話の輪に入ってくれた。篠山さんが話を受ける。
「富士山は両方の県にまたがっていて、頂上付近はどっちの県でもない。はっきりしないままにしてあるんだよ。登るのは、どっちからでも行けるでしょ」
 頂上がどっちに属してるかなんて考えたこともなかった龍太は、感心するとともに焦りを覚えた。篠山さん、本当に優秀かもしれない。女子校ナンバーワンの芳蔭(ほういん)を狙っているという噂は、嘘ではないのかも。
 龍太はヨーグルト和えを口に運びながら篠山さんに質問した。
「県境がはっきりしないってことは、県の面積とか、ああいう数字はどうしているんだろう?」
「あ、確かに。広い順に覚えたりするじゃない? でも確か十番以下だから、覚えてないな、静岡。富士山を広めにとったら順位が上がるとすれば、問題よね」
「名誉に関わるな」と昭。河田さんはただただ驚いている様子だ。
「私、そこ調べてみるね。面白い話題、ありがとう」篠山さんがそう締め、沈黙が訪れる。自分が振った話題なのに、まだ自分の行きたい県を発表していない龍太は間が悪い。ちょうどそこで給食の時間も終わり、全員で「ごちそうさまでした」と唱和した。
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