第60話 退職②

文字数 894文字

 人生の節目は、年齢ばかりじゃないですよね。

 下の子が、昨日とうとう退職した。私は日にちを1日間違えて

『明日はいよいよ最後だね。上手なお別れをしてきてください』

とLINEした。すると、しばらくして

『今日が最後だよ』

 あちゃー。やっちまった。まあいい。何れにしても後ろ足で砂をかけるような最後は、どんな状況があったとしても、やってほしくない。

 数日前、富士山をバックにした写メが送られてきた。下の子を含め6人がズラリと並ぶ。コメントには『同期で日帰り旅をしてきた』とあった。

 たぶん密にならないように、送別会をしてくれたのだろうと推察。私が知る限り、同僚や他の部署の先輩に可愛がられていたように思う。それでも辞めると言ったので、よほど会社の方針が合わなくなってしまったのだと理解した。会社は、仲良しサークルではない。それでも、せっかく打ち解けた仲間から離れることは、本人にとってどれだけ重い決断だったか。

 今日、写メが送られてきた。おそらく会社の机の上で撮ったであろう、社員証と退職願と書かれた封筒。コメントには『思い出』とあった。何故だか凄く切なくなった。

 4年前、初めての一人暮らしのために準備したことが思い出される。荷物を車一杯に詰め込み、夜明け前に家を出て、夫が下の子とアパートに運んだ日。入社してからの半年は、こちらの心配をよそに『忙しいから連絡しないでくれ』と怒られたこと。その後、会社の指示で国家試験の勉強も加わり、どんな生活をしていたのか想像すら出来ない月日が流れた。そして後輩が出来るころには、親しい同僚と食べたり飲んだりのLINEが。驚くことに昇格もあった。それほどまでに頑張れる子だと思わなかった。

 夕方、写メが送られてきた。美容室の鏡の前。髪の色は金。

「1回、金髪にしてみたいんだよねー。会社辞めたらするかも」

 年末に帰ってきたときにそう言った。宣言通り、退職の翌日にやってのけた。いいと思うよ。今しかできないこと、今だからやりたいこと、自分の意思をしっかり持って生きていって欲しい。

 転職先は3月半ばからの入社らしく、金髪は期間限定のようです。そりゃそうだと納得。
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