第1幕

文字数 1,693文字





 晶が『銀の翼秘密同盟』の存在を知ったのは、その日の放課後、蔦彦の誘いに乗ったのがきっかけだった。

 隣のクラスにいる蔦彦が、晶の教室に姿を現したのは、その日の最後の授業が終わり、生徒達が笑いさざめきながら、帰り支度に取り掛かり始めた頃だった。

 蔦彦は颯爽とした足取りで、晶の机の傍まで来ると、弾んだ声音で、こう問い掛けてきた。

 「晶、これから何か予定はあるかな?

 もしなければ、きみをとっておきの場所に案内したいんだけど、付き合わないか?」

 晶にとって、それは何とも魅惑的な誘いだった。

 仮に予定が入っていたとしても、蔦彦からの誘いを優先しただろう。

 けれど、ここで素直に喜びを表現するのは、何となく癪(しゃく)に思えたので、敢えて何気ないふうを装って、こう口にした。

 「付き合うのは、別に構わないよ。

 だけど、そこまで行くのに、どのくらい時間が掛かるものなのかな?」

 すると蔦彦は、悪戯を思い付いたやんちゃ坊主のような笑みを浮かべてみせた。

 「晶、良いことを教えてあげるよ。

 ダイヤモンドっていうのはさ、意外と足許に落ちてるものなんだ。

 例えば、この学校の中にもね」

 晶が通学用のリセバッグを左肩に引っ掛けるのが始動の合図だったかのように、二人の少年は連れ立って、教室を後にした。

 蔦彦の言う“とっておきの場所”に向かっている間、たわいもない話題が、二人の心を繋いでいた。

 最近観たDVDや、読んだ本の中で面白いと思ったもの。

 『銀の風』に新しく入荷した硝子ペンと、金粉の混じっている珍しい濃紺のインクのこと。

 三日後に見頃が迫っているオリオン座流星群が、晴れた夜空で観測出来る確率についてなどだ。

 彼らは校舎から外に出て、北翼の渡り廊下を突っ切り、講堂の裏手へと向かっていた。

 この日は、白と水色の絵の具を八対二の割合で混ぜ合わせたような色合いの空が淡々と広がっていたが、秋気はその反対に、六角柱の水晶の尖った先端のように凛と張り詰め、生真面目な冷たさを伝えてきた。

 そうしてこの時期の大気には、地面に堆積した枯れ葉が腐食していくせいか、燻製の肉のような焦げ臭い匂いが含まれている。

 ヒヨドリの甲高い澄んだ鳴き声が、時折思い出したように、聴覚を磨いていく。

 ところで晶達が通う校舎は、堅牢な石造りで、建造されてから優に百五十年ほどが経過していた。

 この世に百五十年余りも顕現していると、生き物が妖怪じみてくるように、建造物もそうなってきて不思議はない。

 実際に校舎の外壁の所々は、みっしりと密生した蔦の葉に侵食されていた。

 それは陽光がふんだんに降り注ぐ日に遠目から眺めると、翡翠色(ひすいいろ)に煌めく龍の鱗のように見える時もあった。

 講堂の外壁もその例外ではなく、更にそれに加えて、講堂のすぐ裏手には、恐ろしい怪物であるキマイラが潜んでいそうな小暗い黒松林が、校舎に覆い被さるような勢いで迫ってきていた。

 「晶、僕の後に着いてきてくれ」

 蔦彦は、通学用のリセバッグを胸にしっかりと抱え直すと、蔦の葉の群生と黒松林に挟まれた僅かな隙間に、身体を横向きにして入り込んでいった。

 その時彼の身体はドラムスティックと化し、接触した蔦の葉を次々と打ち鳴らしていった。

 暫くの間、ぴんと張った一本の糸を辿るようにして、するすると奥へと突き進んでいたが、不意に蔦の葉のざわめきが鳴り止んだと思った瞬間、濃密な緑の波の狭間に、蔦彦の姿を見失っていた。


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・・・ 少年宇宙へようこそ~ハーモニーが奏でる宇宙〈全10幕~第2幕~〉~へと続く ・・・


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