第6話   第一章 『墜落者』⑤  午后の光

文字数 1,028文字

 しばらくして目を覚ますと、ハッとしたように前面の壁を見た。
 
 先程の火の矢で灰になった椅子の向こうに、火が燃えていた。
 それまで気がつかなかったが、大きな暖炉があるのだ。
 その火が辺りの様子をぼんやりと映し出し、広い室内はその熱で心地好い暖かさに満たされていた。
 振り返ると、部屋のドアが閉まっている。自分で閉めた記憶はない。
 
 (・・いけない・・何時・・)

 随分、眠ってしまったのだろうか・・?

 立ち上がり、ドアに向かった。

 
 その先の玄関の二重扉まで閉まっている。
 その扉を開けると、辺り一面に美しい午后の日差しが満ちていた。その光の具合が、先刻とまだ殆ど変わらないように感じる。
 そう思って腕時計を見ると、三時半を過ぎる頃だった。
  
 (・・エッ、まだ、三十分しか経ってないの・・)

 この雪の上に、今、ソファに横たわっている異形の若者を発見した時から・・。
 信じられない・・。

 (・・そうだわ・・)

 部屋に戻り、例の窓の所へ行って押し上げようとしてみた。やはり開かない。
 それから、ソファの方に視線を向ける。

 (まだ・・眠っているのかしら・・)
 
 それまでまんじりともしなかった身体が、微かに寝返りを打った。
 
 それを何かの合図のように、もう一度、窓を押し上げてみると・・難なく上に上がった。
 晃子の顔に思わず笑みが浮かぶ。

 それから雨戸を開けると、その窓から入って来た光が広い部屋の一隅を現す。

 
 その光に目が覚めたように、異形の存在は俯せになっていた身体を少し起こしかけた。が、直ぐにそのきれいな両手で目を覆い何かを呟いた。
 
「・・ピアン・・トウ・・」
「えっ?」
「・・・ピアン・・トウ・・」
  
 ちゃんと・・閉めて・・。
 
 立ち上がって晃子は、再び雨トをピアンと閉めた。


 もうそろそろ戻らなくてはいけない。冬至の頃だ。
 短い日差しのある間に、森を再び抜けなければ。此処まで来るのにどの位掛かったかしら・・かなり掛かったような。

「明日また来るわ・・」

 先程の光が余程眩しかったのだろうか。腕に両眼を当て、布団でも被るようにその頭を無事な片翼で覆って、うつ伏せのまま返事はない。

 晃子は部屋のドアに向かった。
 それからソッと振り返り、小さく・・。

「・・ピアン・トウ・・」

 と呟き、扉をピアンと閉めた。


 そのドアの背後では、途端、それまで広い部屋を暖めていた暖炉の火が消え、室内は真っ暗になった。
 ・・それと同時に、暖かな空気も瞬く間に冷えて行った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み