総裁と御波
文字数 4,685文字
二人とも、少し黙り込んでいた。
でも、御波がその沈黙を破った。
総裁の弟は昔、大きな鉄道事故で亡くなっているのだ。
総裁は、おそらく、辛い気持ちを忘れるために模型にのめり込んでいたのだ。
そしてそれは、模型がもうその心の救いとならないほど、暴走していた。
でも、御波にはそれを止める言葉が浮かばない。
国語力と感性において無敵だったのに、それが浮かばなかった。
外は平和主義と言いながらその実無関心と無責任で放置してきたことのツケを払わされようとしておる。
内は「改革」と誰もが言うのに、実質的な改革などどこにもない。あるのは起きてしまった事への「対応」だけだ。そうでなければ明らかな思いつき的な愚策ばかりだ。
驚くべきヒドい待遇と、その結果の頭脳流出。もう日本にマトモな知恵は残らないのではないだろうか。アイディアが出れば精一杯その足を引っ張る「仲良し」団体が入り組み、みんなでアイディアのなさで海外勢力に食い荒らされていくのに「今困ってないから」と言い合って現実を一切直視しない。誰かががんばれば必ず「オレは聞いていない」と言いだす。そしてそれが声を上げなければ闇に葬る。そして声を上げたとしても、くだらない「事情通」が嘘八百並べ立てておとしめて葬る。なんという「美しい国」であろうか。
そして海外から職業実習生という名で入れた外国の方の冷遇もヒドい。あれでは日本はいずれ恨まれるであろう。実質的な奴隷制度であるから。
そのうえ個人や団体がやれば犯罪となることも、国家でやれば外交問題となり、どんな暴虐をしようとも「容認するべきだ」となる。
罪のない人間を拉致し監禁した国が隣にあっても、我が国は平和主義の名の下にそれをなかったことにし、あったと認めてからも外交努力の名の下に実質放置してきた。
なんという惨状だ。
こんな世の中の状態で、ワタクシはこれから、テツ道をどうすれば良いのだ?
このままではテツ道をやるにも、国も地域も崩壊してよりどころはどこにもなくなってしまうぞよ。
わが兄が海上自衛官としてその現場にいる事もあって、そのことに心が痛むのだ。
ニュースにしろネットにしろ、もういい加減にして欲しいというような惨状に御波も心を痛めていたのだから。
あれほど比較はしてはならぬと自身で言っておきながら!
ワタクシは、その上なんと、あろうことか、わずかではあるがつまらぬ嫉妬をしておったのだ!
そして、そのことを忘れようとさらに模型にのめり込んだのだが、模型に没頭しても、もはや心が安まらぬ。
未熟な自分への自己批判が延々と常に頭の中でつづいてしまうのだ。
でも、それがどれだけ辛いものか、それは御波も知っていた。
もう、模型も心の安まるところではないのかも知れぬ。
そう思うと、とても悲しくなるのだ。
わが弟との約束であった、鉄道模型を、そしてその工作の鍛錬を通じて、テツ道を極め、テツ道王になることが、とても果たせそうに思えぬのだ。
そして、それによって、間接的に外側の世界もよくしていく、みたいな。
総裁の表情が、行く前とあとでまるで違うことに。
また、いつもの総裁が戻ってきたのだ。
みんな、そのことがとても嬉しいのだった。
だが、そのコンビニではその時、もう「くりいむわらび」は売り切れていたのだが、それは彼女たちには知るよしもないことであった。