総裁と御波

文字数 4,685文字

総裁と御波は高校からコンビニに向かう道をあるいていた。


二人とも、少し黙り込んでいた。

でも、御波がその沈黙を破った。

総裁、総裁のおとうさんおかあさんの話、聞いたことないような。
うぬ? さふであったか? まあ、ワタクシの父母は父母でしかないからの。ワタクシのこととはまた別のことなり。
総裁の弟さんのこともあんまり聞いてなかった。鉄道事故で亡くなったって聞いたけど、私たちも辛そうだな、と思ってそれ以上は聞かなかった。
さふであるの。わが弟は……ワタクシを置いて、先に遙かなるレールの先に行ってしもうた。
総裁は遠い目をした。

総裁の弟は昔、大きな鉄道事故で亡くなっているのだ。

総裁、最近辛いことつづいてるんじゃないですか?
総裁はすぐには答えなかった。
みんなに言えなくても、せめて私には打ち明けてください。だって……最近の総裁、見てると凄く思い詰めてるみたいで……正直、一見楽しそうではあるけど、私たちも辛い。
そう見せてしもうていたのか。ワタクシもまだ修業が足りぬ。
総裁はそう自嘲した。
でも総裁、辛いときは人間、どんなに修業してても辛いのは同じですよ。無理しても仕方ないですよ。
しかし、ワタクシは……。
総裁はそう言いかけて、言葉を止めた。
御波はあえてその言葉を待った。
そうであった。御波くんにはすぐこういうことは悟られてしまうのであったな。
御波は聞いている。
ワタクシは、正直、今、取り乱しているのだ。
御波は表情こそ変えなかったが、自分の予想がまた当たったことが、とても自分の心を引き裂くように辛かった。


総裁は、おそらく、辛い気持ちを忘れるために模型にのめり込んでいたのだ。

そしてそれは、模型がもうその心の救いとならないほど、暴走していた。


でも、御波にはそれを止める言葉が浮かばない。

国語力と感性において無敵だったのに、それが浮かばなかった。


こんなことを言うて君たちを惑わすのは本意ではないのだが…….正直、今、何を見ても聞いても、目を覆い耳をふさぎたくなることだらけだ。


人は、我々はなぜこうなってしまったのだ?

総裁の口から言葉があふれ出した。
国の外も内も最悪ではないか。

外は平和主義と言いながらその実無関心と無責任で放置してきたことのツケを払わされようとしておる。

内は「改革」と誰もが言うのに、実質的な改革などどこにもない。あるのは起きてしまった事への「対応」だけだ。そうでなければ明らかな思いつき的な愚策ばかりだ。


驚くべきヒドい待遇と、その結果の頭脳流出。もう日本にマトモな知恵は残らないのではないだろうか。アイディアが出れば精一杯その足を引っ張る「仲良し」団体が入り組み、みんなでアイディアのなさで海外勢力に食い荒らされていくのに「今困ってないから」と言い合って現実を一切直視しない。誰かががんばれば必ず「オレは聞いていない」と言いだす。そしてそれが声を上げなければ闇に葬る。そして声を上げたとしても、くだらない「事情通」が嘘八百並べ立てておとしめて葬る。なんという「美しい国」であろうか。


そして海外から職業実習生という名で入れた外国の方の冷遇もヒドい。あれでは日本はいずれ恨まれるであろう。実質的な奴隷制度であるから。


そのうえ個人や団体がやれば犯罪となることも、国家でやれば外交問題となり、どんな暴虐をしようとも「容認するべきだ」となる。

罪のない人間を拉致し監禁した国が隣にあっても、我が国は平和主義の名の下にそれをなかったことにし、あったと認めてからも外交努力の名の下に実質放置してきた。


なんという惨状だ。

総裁は表情を隠した。
大声で罵りたく思うときもある。

こんな世の中の状態で、ワタクシはこれから、テツ道をどうすれば良いのだ? 

このままではテツ道をやるにも、国も地域も崩壊してよりどころはどこにもなくなってしまうぞよ。


わが兄が海上自衛官としてその現場にいる事もあって、そのことに心が痛むのだ。

総裁の声が少し悲痛になった。御波も総裁のこんな声をはじめて聞いて、動揺していた。
そしてそれを忘れようと模型に没頭しようとしておった。考えてももうどうにもならないからの。

とはいえ、ワタクシの模型ははなはだ未熟であるのだ。そのことでワタクシは、自分を恥じておる。

御波はまだ聞いていたが、その気持ちは御波もよくわかった。

ニュースにしろネットにしろ、もういい加減にして欲しいというような惨状に御波も心を痛めていたのだから。

さらにその未熟な模型を作っておって、その上で他人と比較するなんて愚をワタクシが考えておることに気付いて、ワタクシは自身に深く失望したのだ。

あれほど比較はしてはならぬと自身で言っておきながら!

ワタクシは、その上なんと、あろうことか、わずかではあるがつまらぬ嫉妬をしておったのだ!

御波は言葉をこらえた。
そのことでもワタクシは自身に深く失望した。

そして、そのことを忘れようとさらに模型にのめり込んだのだが、模型に没頭しても、もはや心が安まらぬ。

未熟な自分への自己批判が延々と常に頭の中でつづいてしまうのだ。

御波はまだ聞いていた。

でも、それがどれだけ辛いものか、それは御波も知っていた。

しかし自己批判したところで突然模型が上手くなることなどない。ただあるのはもどかしさだけだ。


もう、模型も心の安まるところではないのかも知れぬ。

そう思うと、とても悲しくなるのだ。

わが弟との約束であった、鉄道模型を、そしてその工作の鍛錬を通じて、テツ道を極め、テツ道王になることが、とても果たせそうに思えぬのだ。

御波は言葉が見つからない。
ワタクシの父母のこともある。ワタクシもがんばっておるのだが、やはりワタクシは負担をかけてしもうておる。


それで自分がさらに許せないのだ。

でも、許してあげてください。
御波は口を開いた。
許してあげてください。総裁は総裁自身を。


許し、認めることが、全てにおいてたりないから、全てがこうなったのですから。


世の中全てそうです。

許し、認める……。
許してはならないことも世の中にはたくさんあります。でも、それをただ非難し許さない前に、自分に私は問うんです。

「私にその資格はあるのか」と。

そうであるの。自分のことを棚に上げて他人を悪し様に言うものが多すぎる。
でも、そのことを知ってる人は、そこで自分を許して、許してはならないものを許さない「勇気」を持たなくちゃいけないんです。

でなければ、この世は闇に閉ざされてしまいます。

総裁は考え込んでいる。
総裁の言うテツ道、ってのも、つまりはそういう事なんじゃないかな、って。こうやってただ模型をやってるようで、その模型の周りのことを考え、それを深めていって、自分の中にしっかりとした一つの世界を作っていく、って事なんじゃないかと。

そして、それによって、間接的に外側の世界もよくしていく、みたいな。


御波は続けた。

ただ楽しむように見えるかもだけど、この世の中で本当に楽しむためには、ただ自分が楽しむだけじゃダメなんだってこと。

それを私は総裁に学んだんです。

さふであるのか……。
総裁はまた考えている。
わが弟の事を思い出してしもうた。

弟も、そのようなことを言っておったかも知れぬ。


でも、人間というものは、斯様に大事なことすら、忘れてしまうものであるのだな。

忘れるから生きていけるし、耐えることも出来るんです。

でも、忘れていけないことは思い出させてくれるものがあるから良いんですよ。

それが人間と、文明と文化ってものですよ。

さふであったな。
二人はコンビニに着いた。
ところで、なぜ我々はコンビニに来たのだ?
え、……あれっ、何だっけ?
そして。
なんで「くりいむわらび」がポテチになっちゃうんですかー!!
戻ってきた鉄研の部室では、総裁と御波にみんな非難ゴーゴーである。
何買いに行ったのか忘れて帰ってくるなんて、ヒドいっ!
これはヒドいですわねえ……。
あの甘くておいしい「くりいむわらび」期待してたのにポテチじゃしょっぱいですよ。これじゃ塩対応ですよ。
そう言いながら皆、喜んで美味しそうにポテチをつまんでおるように見えるのだが……。
結果で過程を正当化しないでください。ヒドいっ。
と言いながらみんなのポテチをつまむ手が止まらない。
あ、ボク紅茶入れますー。
結局またいつもの楽しいお茶会ではないか。
いいじゃないですか。楽しいのが一番ですよ。
それを一緒に行って忘れてきた御波ちゃんが言わないの! ヒドいっ。
でもポテトチップスの材料のポテトの輸送状況は回復したのでしょうか。一時期ヒドイ品薄と聞いたような記憶がありますわ。
どうなんだろ。そういうときは、インターネットでサクッと調べて、と。ヒドいっ。
ツバメちゃん、それはヒドくないよー。
うむ、何事もそうして研究題材にするのは我がテツ道のココロでもあるのだ。じつに勉強になってよろしいぞよ。
しかし、みんな気付いていた。

総裁の表情が、行く前とあとでまるで違うことに。


また、いつもの総裁が戻ってきたのだ。


みんな、そのことがとても嬉しいのだった。

あ、この前の「パシフィックオリエントエクスプレス」の工作の話、まだして貰ってないですよね。
そうそう。合作でRMモデルスに掲載されたって言ってたけど、どう合作したのか聞いてなかったな。ヒドいっ。
あれ、ステンドグラスってどうやって作ったのかなー、って思ってたー。
でもほとんど目立ちませんでしたね。あれで合作でいいんですか?
うぬ、あれはオリエントエクスプレスの客車の模型の構造をミエくんと検討をしたホビーセンターカトーでの話からせねばならぬからのう。
また長くなるのー?
いやなのか?
ええよー。
ずるっとみんなコケた。
ま、まあ、それはお茶してからゆっくりしましょうよ。ヒドいっ。
そうですわねえ。でも、正直、「くりいむわらび」のあの甘味がどうしても……。
え、詩音ちゃんそんなこだわりがあったの?
ちょっと甘味がちょうど欲しいところでしたから。
しょっぱいものと甘い物って間食が進んじゃうよねー。止まらなくなるー。
では、仕切り直しにまたコンビニに行こうか?
ええっ、また行くの?
今度はみんなで、であるのだ。
それも良いですわねえ。ちょうど秋晴れで外に出るのもステキですわ。
じゃあ、みんなで行きましょうか。
さふであるな。
ところで気付いたのですが、わたくしたち、一人足りないのではないでしょうか?
あっ、そういえば!
ミエさんがいなーい!
もー。今回出番なしとか、ひどすぎますよー。
ミエさん出てきたー。
「でてきた」じゃないですよー。
でも総裁、ミエさんの工作にかなーり焦らされてたもんなー。
ええっ、そうだったんですか!?
自覚がないとか、ヒドいっ。
まあ良いではないか良いではないか。筒井康隆せんせーもお書きになっておるのだ。「全ての道はコンビニに通ず」と。ではゆこう!
筒井康隆せんせーそんなこと書かないと思うけど。ヒドいっ。
まあまあ。「くりいむわらび」が待ってますよ。
そうですわね。行きましょう行きましょう。
あ、部室に鍵かけてから行きましょうよ。
はーい。戸締まり、ヨシ!
うむ、このわが鉄研の指差喚呼も鉄道と同じでよい慣行なり。
はいはい、行きますよ。部室の前に溜まらないで。
そうね。じゃあ、みんなで。
そして鉄研のみんなでまた、今度はワイワイと話しながらコンビニに向かったのであった。


だが、そのコンビニではその時、もう「くりいむわらび」は売り切れていたのだが、それは彼女たちには知るよしもないことであった。

総裁……。(鋭い目で)
ああっ、詩音ちゃんの食べ物の恨みがッ! ヒドいっ!
こーわーいーでーすー!
と言うわけで、つづきます。
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登場人物紹介

長原キラ ながはらキラ:エビコー鉄研の部長。みんなに『総裁』と呼ばれている。「さふである!」など口調がやたら特徴ある子。このエビコー鉄研を創部した張本人。『乙女のたしなみ・テツ道』を掲げて鉄道模型などテツ活動の充実に邁進中。

葛城御波 かつらぎ みなみ:国語洞察力に優れたアイドル並み容姿の子。でも密かに変態。しかしイマジネーション能力は随一。


武者小路詩音 むしゃのこうじ しおん:鉄研内で、模型の腕は随一。高校入学が遅れたので、実は他のみんなより年上。鉄道・運輸工学教授の娘で、超癒し系の超お嬢様。模型テツとしての腕前も一級。


芦塚ツバメ あしづかツバメ:イラストと模型作りに優れた子。イラストの腕前は超高校級。「ヒドイっ」が口癖。


中川華子 なかがわ はなこ:鉄道趣味向けに特化した食堂『サハシ』の娘。写真撮影と料理が得意。バカにされるとすぐ反応してしまう。

鹿川カオル かぬか カオル:ダイヤ鉄。超頭脳明晰で、鉄道会社のダイヤをアルバイトで組んでしまうほどの『ダイヤ鉄』。プロ将棋棋士を目指し奨励会所属。王子と呼ばれるほどハンサムな女の子。電子回路やプログラミングが得意。

田島ミエ たじまみえ:総裁の古くからの友人。凄腕の模型テツ。鉄研のみんなと一緒に大洗などを旅行したものの、関西在住で滅多に会えない。なおかつその実像は不明。

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