第21話

文字数 1,034文字

 屋敷に戻ってきた雪乃に待ち構えていたのは、予想通りの出来事だった。

「車を綺麗に磨いておけよ。それが終わったら、お前の身体も綺麗にしてから屋敷に入ること。でなければ志穂からハリセンを食らうことになるからな」

 そう言い残してご主人様は去って行った。畜生、これが格差ってやつか。

「……にしてもどうやって綺麗にしろ、と……」

 スポーツカーはそんなことをしなくても、案外綺麗に見えるのだけれど。
 にしても……。

「この赤いスポーツカー、血をかけられても気付かないような……」

 ちょっと物騒なことを考えるようになるぐらいには、雪乃もこの異常な場所に慣れつつあるのだろう。多分、メイビー。

「……、」

 気付けば、雪乃の直ぐ脇に志穂が立っていた。
 志穂はモップとバケツを両手に持って、こちらをじっと見つめている。

「……あの、えっと?」
「…………使って」
「……手作業で洗車しろ、ってこと?」
「…………、」

 無言の圧力辞めてもらえませんか、と雪乃は嘆きながらもモップとバケツを受け取った。
 ほんとうはしたくなかったのだが、したくないと拒否反応を示したところで意味がないと思ったからだ。

「分かりましたよ。分かりましたー……、やれば良いんですよね、やれば」

 雪乃はモップに水を含ませて、それをスポーツカーに当てていく。
 ゴシゴシと磨いていくことで、多少汚れが付いていたのかは不明だったが、何だか少し綺麗になったような感覚に陥る。

「……ったく、こんだけ大きい屋敷で暮らしているんだから、ガソリンスタンドの洗車でも良いでしょうに。何でわざわざ手作業にする必要があるんだか」
「知りたい?」
「うわあっ!?」

 いきなり声を掛けてきたのは、恵美さんだった。

「恵美さん……。いきなり声を掛けないで下さい、幽霊かと思いましたよ……」
「うふふ、言い得て妙かもしれませんよ?」
「?」

 恵美さんは訳の分からないことを言う。もしかしてほんとうに幽霊とか、そういった類いのバケモノに近い何かなのだろうか……。

「はてさて。……何の話でしたっけ?」
「ああ、そうでした。どうして、洗車を手作業にこだわるのか、って話です。もしかして機械音痴?」
「機械音痴だとしたら、車を運転することは出来ないでしょうねえ。……あなたが来る前は、めーくんは自分で運転していたんだし」

 え? そうなんですか?

「それは、初耳ですけれど……」
「だってめーくんは、自分から言い出さないもの。それが良いのかもしれないし、デメリットなのかもしれないけれど」
 
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