二、店員とお客様・6

文字数 2,575文字

 みきさんがわたしを食事に誘ったのは、やはりジュン君と早奈美ちゃんの関係について聞くためだったらしい。
 そりゃあ、恋人が自分の知らないところで高校生の女の子と親しくしていると聞いて、彼女の立場からすればいい気がするはずはない。
 だけど彼らには少し特殊な事情があるわけで、あれは単なる密会とは違う……はずなのだ。

 早奈美ちゃんとのことがきっかけで、みきさんとジュン君の仲がこじれてしまってはわたし達もやりきれない。おこがましくも、何とか弁解をしようと試みた。
「あれは……そう、事情があるんですよ。ご存知ですよね? ジュン君が、」
 オバケに触れるってこと。
 そう言いかけ、もし秘密だったらどうしよう、と考えて躊躇する。しかしながらそれは杞憂だった。

「オバケのことなら、私も知ってるわ。あの女の子……早奈美ちゃんも見えるってことも、それで怖い目に遭ったことも、淳に助けを求めたことも。たぶん、大体のことは聞かされていると思う。淳自身が認識している範囲のことはね」
「あ、そうなんですか」
 だとしたら、みきさんはわたしよりも事情に詳しいのかもしれない。では彼女は一体、わたしに何を聞きたいのだろう。

「そういうこと私に全部話しちゃうのよね、彼。どう思う?」
「ううん……ちょっとぐらい隠してくれてもいいのに、とは思っちゃいますね。わたしだったら、妬いちゃうかも」
 思いがけず話を振られて、わたしは素直に感想を述べる。
「でもそれはきっと、やましいことは何もないからですよね。みきさんに対して、誠実であろうとしているのかも。だから安心していいんじゃないですか?」
 ミニトマトを口に運んでいたみきさんが次の発言をするまでには、少し時間が掛かった。合わせてわたしも食事を進める。

「そうなんだけどね。やましいことは何もないというのも、少し問題じゃない?」
 そのタイミングでみきさんが口を開いたので、微妙な間ができてしまった。わたしは慌てて、ふやけたクルトンを噛まずに飲み込む。
「というと?」
「何の気もなく女の子に優しい顔をして、本当に何もありませんでしたじゃ済まないこともあるかも、ってこと」
 ……少々回りくどい言い方だったが、みきさんの言いたいことは分かった。
「淳にとっては何もなくても、早奈美ちゃんにとってはそうじゃないかもしれない……邪推だけれど」
 早奈美ちゃんの様子を実際に見てはいないはずのみきさんは、わたしと同じ思考に至っていたらしい。意見を求めるように、じっとわたしの目を見つめる。
「今日、お店で知らない女の子と目が合ったわ。高校生くらいの。こっちを見て、凍り付いていたような気がする。私の気のせいかしら」
「気のせいじゃないと思います。その子が、早奈美ちゃんです」
「やっぱりね」
 みきさんは軽く目を伏せた。長い睫毛が下まぶたに薄い影をつくる。

「今日、淳に頼んでお店に連れていってもらったのは、あなたと話してみたかったからなのよ。まさかそこに例の女の子がやって来るだなんて思わなかったから、驚いた」
「わたしも驚きましたよ。何とか遭遇させないよう頑張ったんですけど、駄目でした」
 冗談っぽく話を合わせようとしたものの、今日の疲れが声に出てしまったような気がして、わたしは慌てて口をつぐんだ。
「……気苦労を掛けちゃって、申し訳ないわ」
「そんなことないですよ! 気にしないでください」
 案の定みきさんに気を遣わせてしまったことを知り、必死に否定する。

「でも、そっか。杜羽子さんも同じように考えていたのね」
 みきさんは小さくため息をついてから、話を続けた。
「早奈美ちゃんって、まだ人生経験の少ない、高校生の女の子でしょう? しかもなかなか人には分かってもらえない、特殊な事情を抱えている。その事情を分かち合えて、なおかつ助けてくれる、守ってくれる人に出会えたら……私なら、すごく嬉しいと思う」
 わたしは、そうでしょうね、と相槌を打つ。

「私の立場から言うのは気が引けるけれど、淳ってもてるのよ。それも真面目な、世間擦れしていない女の子には特に。誰にでも気さくに話しかけるし、人の話を親身に聞いてくれるし、気遣いができるというかお節介だし、見た目もちょうどいい感じじゃない?」
「そりゃ、もてますよね……」
 みきさんの言い草に苦笑しつつ、同意する。わたしがジュン君に抱いた感想も、まさにそんな感じだ。
 けれど彼女がそれを理解しつつうまく付き合えていそうなあたり、ジュン君とみきさんの相性はばっちりな気がする。
 早奈美ちゃんのことを思うと、心が痛むけれど。

「だから私、淳が気づかないうちに早奈美ちゃんのことを傷つけてしまうんじゃないかと思って、心配していたの。失礼な話だけどね。それで、もしそうなりそうならフォローしてもらえないかと思って、あなたに探りを入れようとしたのよ」
 みきさんは申し訳なさそうに、すっと眉尻を下げた。
「勝手なことばかり言って、ごめんね」
「いえ、そんな。うちのお店での出会いがきっかけで、お客様に何かがあったとすれば、店員のわたし達も無関係とはいえませんし」

 そもそも、その出会いのきっかけを作ったのは都築君なのだし。
 とはいえ、たとえこの先何があったとしても、ジュン君と早奈美ちゃんは出会わないほうがよかったなどとは、きっと思わない。

「わたしと都築君で、これからも早奈美ちゃんとジュン君のことを見守ってみます。できることなんて何もないかもしれないけれど……」
「ありがとう」
 みきさんは軽く頭を下げた。それからそのままの体勢で、「いい人ぶってみたけれど、私、本当はただ妬いているだけなのかも」と呟く。
「早奈美ちゃんを見て、素朴で可愛くて、守ってあげたくなるような子だと思ったわ。私が男の子だったら、きっとああいう子と付き合いたいと思う。私とは全然違うタイプね」
 そして顔を上げると、少し寂しそうに笑った。
 わたしはその笑顔を見て、この人はきっといい人だと勝手に決めつける。

 その後わたし達は他愛もない世間話に興じたり、料理についての何でもない感想を言い合ったりして、新しい友達とのそれなりに楽しい食事の時間を終えた。

 そしてみきさんと別れて下宿へと向かう途中、その三日後に控えたジュン君と早奈美ちゃんの待ち合わせのことを思い出す。

 少し、胸がちくちくした。
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