戯曲:『試合を待ちながら』

文字数 1,718文字

 豪雨の音がスタジアムに響く。2階席を屋根にして再開を待つアップルズのファンたち。スタンド後方には大きな枯れ木が見える。板付きのヴラジーミルはそのうちの一席に座り込み、グラウンドを見つめる。

 ヴラジーミル: どうにもならん

  下手からエストラゴンがやって来て、ヴラジーミルの存在に気づく。

 エストラゴン: 久しぶりじゃないか。お前は死んじまったとばかり思っていたよ
 ヴラジーミル: 死にたくもなるさ。こんな天気だ。おまけにこんなに連敗が続いてる
 エストラゴン: 良かったよ。またこうして会えるんだから。まさか再会がこのスタジアムとは思わなかったよ。まだアップルズのファンだったんだな。…嬉しいよ
 
 やや間があって、ヴラジーミルは靴を外してその場に靴底の水を流す。
 
 ヴラジーミル: どうにもならん
 エストラゴン: これだけ負けが込んでちゃね
 ヴラジーミル: 俺だってどうして未だにアップルズを応援してるのかよくわからん。一体なぜなんだ。ここまで優勝から遠ざかっているチームを、俺は見たことがない
 エストラゴン: (真似して)どうにもならん
 ヴラジーミル: しばくぞ
 エストラゴン: ごめんごめん。お前は昔から考え過ぎなんだって。ファンなんてずっと待ってりゃ良いのさ
 ヴラジーミル: この試合の再開をか?
 エストラゴン: それもあるけど
 ヴラジーミル: じゃあ優勝をか?
 エストラゴン: リリーフの補強を
 ヴラジーミル: 監督の交代を
 エストラゴン: ブルックリンからトーマスが移籍するのを
 ヴラジーミル: スワンソンが2000本安打を達成するのを
 エストラゴン: アップルズがワールドシリーズに出るのを
 ヴラジーミル: シーズンチケットの値下がりを
 エストラゴン: アップルズに詳しくて、ヒラリー・スワンクに似てる女の子が、僕の前に現れるのを
 ヴラジーミル: 最後のは少々違うような気がするが、とにかく待つんだな
 エストラゴン: そうさ。待つという行いはこれ以上ないくらい尊い行動だよ。ファンが出来る唯一のことじゃないか。応援だって待つ間の時間潰しさ。声を出しながら待ったって、じっとグラウンドを見つめながら待ったって、野球の結果は変わらないよ
 ヴラジーミル: わかるような気もするが、よくはわからん
 エストラゴン: 人生なんて全て死ぬまでの暇つぶしさ。宗教だって、政治だって、戦争だって、みんな時間つぶしさ。時間を持て余してるからあんなにややこしいことになるんだよ
 ヴラジーミル: まあ、待たされる身にもなれよと俺は言いたいがね
 エストラゴン: この雨が止まなきゃ明日、明日が駄目ならまたその明日まで待てば良い。いつかはアップルズだって勝つさ
 ヴラジーミル: 来週まで待てるか
 エストラゴン: 待つとも
 ヴラジーミル: 今年中ずっと負けかもしれないぜ
 エストラゴン: でも待つよ
 ヴラジーミル: 死ぬまで
 エストラゴン: 来世まで
 ヴラジーミル: メディーナが首位打者を獲るまで
 エストラゴン: ラッキーとポッツオが去年みたいに好投するまで
 ヴラジーミル: サイモンがサイ・ヤング賞を獲るまで
 エストラゴン: 野球場だけはアヘンが許可されるまで
 ヴラジーミル: ゴリラの選手が登場するまで
 エストラゴン: 帝国(エンパイア)に住む吸血鬼(バンパイア)と化した審判(アンパイア)が最後の審判(ジャッジ)を下す日まで
 ヴラジーミル: 神様がこの世にいるかどうかを知るまで
 エストラゴン: 足が長くておっぱいが大きくて、顔立ちが『羊たちの沈黙』のころのジョディ・フォスターに似てる野球好きの女の子が、僕の彼女になるまで
 ヴラジーミル: またそれか
 エストラゴン: それしか出来ないからね
 ヴラジーミル: ということは、お前はしばらく試合の再開を待つんだな
 エストラゴン: 待つさ。雨が上がったら逆転するかもしれない
 
 二人は動かない。
 上手から球場のスタッフらしい女の子が現れる。

 女の子: 本日お集まり頂いたファンの皆様、誠に申し訳ありませんが、只今球審からノーゲームの宣告がありました。本日のゲームは中止とさせていただきます

 エストラゴン: ヴラジーミル! ああいう女の子を待っていたんだ!
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