『ドキュメント 戦争広告代理店』〜情報操作とボスニア紛争
文字数 1,369文字
/高木 徹
なんだかきな臭いタイトルですが、内容もほんとにタイトルどおりなお話……じゃなくて、悲しいけど、これ、ノンフィクションなのよね。という感じの本。
ボスニア紛争について、正確な理解ができている人はなかなかいないと思います。
実際、当時だって片方の当事者、ボスニア・ヘルツェゴビナの外相がアメリカに助けを求めに渡った時、記者会見に集まった国際メディアの誰もがボスニアがどこにあるのか知らなかったぐらいですから。
さて、その記者会見をセッティングしたのはアメリカの大手PR企業です。
もともと、アメリカ政府に助けを求めたのだけれど、アメリカ政府は(もちろん)アメリカ国民の声がなくては動きません、件のボスニア・ヘルツェゴビナの外相がアメリカ外務省の「民衆の声を集めるならPR企業に頼ったらどう?」という、アドバイスにしたがった結果の記者会見だったわけです。
その後、ボスニアの位置を記者たちに教えるところからはじまり、片方の主張をメディアに浸透させるべく、PR会社スタッフとボスニア・ヘルツェゴヴィナ政府は一丸となって行動を開始します。
もう片方のセルビアの声は意図的に無視するか、なるべくメディアに登場させないように工作もしつつ。
実はこの二つの勢力だけでなく、三つの民族が入り乱れて住むというこの地域の紛争はどちらが正義でどちらが悪かなど単純には決められないものだったようです。(どちらかがどちらかを弾圧していたら、別の場所ではまったく逆の構図になったり。ようはどっちもどっちだったのだとか)
ですが、メディア受けして、かつ視聴者受けするのは、絶対の「悪」があり、その被害者が助けを求めている姿なのでした。
こうして、いちPR企業がぶち上げた(片方の視点からの)「セルビア=悪」という単純な物語はメディアとアメリカ市民に受け入れられ、政府と国際社会をも巻き込んだセルビアへの極悪非道のレッテル貼りと、経済制裁、はては国連からの追放、NATOによる制裁の空爆までエスカレートしてしまいます。
この、ボスニア・ヘルツェゴヴィナとセルビアの明暗を分けたのは何かといえば唯一つ、優秀なPR企業を味方に引き入れられたかどうかに尽きるのでした。
(おまけのひとこと)
それにしても、この、PR(パブリック・リレーションズ)というのはそもそも日本語にない概念なのでなかなか理解がしにくいです。
本のタイトルどおり日本では「広告代理店」の仕事になるんでしょうけども……。
この本のように戦争や国際政治の武器として利用されることを考えると、情報戦における「死の商人」と言えるかもしれません。
(そんな「死の商人」のPR会社はこの一件で全米PR協会の年間最優秀賞をもらっています。一つの国や民族の評判を落として、場合によっては地図から消す仕事をしてアワードをもらっているわけです)
そして、そういう概念がない日本人のPRの苦手なことといったら(私を含めて)枚挙にいとまがないわけです。
そこらへん、どうにかしたほうがいいんじゃないのーと警告をしつつ、文庫版のあとがきによるとこのPR会社は2005年以降、中国政府とビジネスをしているのだとか……。
こわいけど、これ、現実なのよねぇ><