三品目 トロル軍艦

エピソード文字数 4,724文字

 よい子のみんな、お元気ですか?
 わたし木戸にゃんは今、古代ローマ寿司を復活させるなどと意味不明な供述をはじめたギンさんとともに、いかにもやばそうな紫色の海を渡り、いかにもやばそうな島に上陸していますっ!

 最初からもうイヤな予感バリバリだったのですが、実際どうだったかというと……。
 早くも命の危険を感じています!
 ごめんなさい妖怪退治ナメてました!

「あは、あははは! もう帰る! 木戸にゃんおうち帰るぅ!」
「しっかりしろ、お嬢ちゃん。岩陰に身を潜めていれば奴らは襲ってこねえ」

 ギンさんはそう言いつつ、どう見ても本物のショットガンをガシャコンしています。
 そのコマンドーじみた姿からもわかるように、状況はかなりハードコア。

「ばるるるる」「ばるるるる」「ばるばるばるうう」

 岩陰から顔を出して様子をうかがうと、四つ足歩行のクリーチャーが三匹ほど、わたしたちを探してうろうろしています。
 見ためは白いカバのようですが、目や鼻がなく、大きく裂けた口から真っ赤な舌をべろん。 
 十メートル以上離れているというのに、バリバリと歯ぎしりの音が響いてきて……どう見てもオレサマオマエマルカジリ。

「ありゃヒトガタやら海坊主と呼ばれるやつらだ。水に入るとふくらんで二〇メートル以上になるが、陸上だとまだ可愛いもんさ」
「どこがですか! あきらかに人食うやつじゃないですか!」
「ハハハ。北欧じゃトロルなんて呼ばれてるらしいぞ。いわば妖精だな」

 その名前はわたしもよく知っています。
 有名な小説に出てくるキャラクターのモデルになっていて、キーホルダーやぬいぐるみを持っていますので。
 しかし実物は残念ながら、ナントカ谷の仲間たち的なゆるさが一切ありません。

「つっても妖怪としちゃ雑魚のほうだ。俺が前衛でタゲ取って引きつけるから、お嬢ちゃんは後衛にまわって援護しな」

 タゲってなに? 
 ターゲットのことですか? 
 そのうえ前衛とか後衛とか……急にゲームじみたことを言いだしたギンさんに戸惑うものの、余裕のないわたしは素直にうなずきます。

「じゃあパイナップル渡すから、合図したら投げろや」

 そう言ってギンさん、ポンとなにかを渡してきます。
 手榴弾でした。

「ちょ……爆発物っ! ショットガンもですけど、都内から群馬までこんな物騒なもん運んできたんですか? ていうか魔物退治だし日本刀でバッサリとか陰陽術的な要素を……」
「んなもんより重火器ぶっぱなしたほうが早えよ。ショットガンは温存してえからお嬢ちゃんの援護を頼りにするぞ。タイミングさえ間違えなけりゃ大丈夫だ」
「ミスったら?」
「俺のネギトロがいっちょあがりさ。てなわけでよろしくな!」

 そう言って颯爽と飛びだしていくギンさん。
 だから待って! 
 雑な指示出して死地に向かわないで!

「……うう。あれのどこが寿司職人ですか」

 泣きながらツッコミを入れたところで状況が変わるわけもなく、わたしはパイナップル投げを遂行するほかありません。
 というわけで人生初の爆弾☆体験。
 さっそくトロルを引き連れてきたギンさんが声をあげたので、わたしは手榴弾のピンを抜き(手がすべりそうになって焦るものの)勢いよく放り投げます。

 物騒なパイナップルは放物線を描いて異世界の空を舞い、
 ズバーン!!!
 強烈な閃光。耳をつんざく爆音。立ちこめる黒煙。

「ひいい……大丈夫かなあ」

 投げるの早かったかも。
 ギンさんたぶん巻き添え食らってます。
 と思ったものの、実際はうまいこと寸前で退避したようで、

「やるじゃねえかお嬢ちゃん。スジがいい」
「褒められてもあまり嬉しくないです……」

 なにごともなかったような顔で姿を現したギンさんを見て、「実はこのおじさま、妖怪よりもやばいやつでは?」と思ってしまいました。





 ところが本当にやばかったのはそのあとでして。

「さてと、ついでに食っとくか」
「……は? なにをです?」

 ギンさんは前を指さします。
 そこにあったのは、トロルの残骸でした。

「じょ、冗談ですよね」
「よく見ろや、お嬢ちゃん。ありゃ上等なネタだぞ」

 言われたとおり、自らの手でオーバーキルしたものをもう一度見てみます。
 爆発四散したにもかかわらず、トロルの残骸にレバーやらモツのたぐいはなく、血だまりの痕跡すらありません。
 ただピンク色のぷりぷりした塊だけがあちこちに転がっていて、グロ画像めいた惨状というより、加工された食肉を散らかしたような光景が広がっています。

「妖怪だからな。トロルの中にゃ肉しか詰まってねえのさ」

 じゃあどうやって動いてるのでしょう……。
 なんて考えるだけ、不毛なのかもしれません。

 ギンさんは荷物の一つである小型のクーラーボックスを肩にかけ、トロルの身を手際よく回収していきます。そして一通りの作業を終えると、今度は余った身を使ってお寿司を握りはじめました。

「取れたてのピチピチだから美味えぞ」
「あ、いえ……できれば遠慮しときたいというか」

 ぐいと差しだされたお寿司はネギトロそのものでしたが、わたしはやんわりと拒否します。 
 今回のお仕事は妖怪退治もとい食材の仕入れなので、現地で調達したネタを味見してみるのも当然の流れではあるものの――白いカバめいたクリーチャーの姿を目にしたばかりですから、やはり心理的に抵抗を覚えてしまいます。

「くねくねやぬりかべはほら、調理済みだったじゃないですか。でも今回は生きてるとこ見ちゃったからグロくて……」
「バカ言ってんじゃねえ。食いもん粗末にしたら許さねえぞ」

 困ったことにギンさん、寿司のことになると変なスイッチが入るらしく、ドスの効いた声で凄んできやがります。
 肩にショットガン引っかけたままだし怖い。

 ゆえにわたしはやむを得ず、トロルの軍艦をぱくり。

「……っ!! とろっとろぉ!!」

 勇気を出して食べてみたところ、心理的な抵抗はすぐに吹き飛んでしまいました。

 人間の認識とは単純なもので、見ためがどうであれ、一度でも美味しいと知ってしまえば、食料以外のなにものにも見えなってしまうようです。
 海老やタコとて前知識がなければ、グロいクリーチャーにしか見えませんからね。

「この味はクロマグロ……それも最上級の大トロみたいですよ」
「そうだろうそうだろう、さばいたばかりだから新鮮だしな」

 手榴弾で爆殺をさばいたと言っていいものか疑問を覚えるものの――今までの妖怪ネタが独特の味だったのと異なり、トロル軍艦はほぼマグロそのものの味でした。
 実は過去に取材で銀座の某お寿司屋さんに行ったことがあるのですが、トロルの身はなんと、そのときに食べた最高級の大トロにそっくりなのです。

 わたしがその話をしてみると、ギンさんは感心したような顔で、

「お嬢ちゃんの舌は確かみてえだな。その店にトロルの身を卸してんのは俺だ」
「は? 今なんと?」
「トロルの身ってのは密かに最高級のネタとして流通していてな、一部の店じゃクロマグロってことにして出してんのさ」
「ええ……。さすがに冗談ですよね?」

 しかしギンさんが嘘をついているように見えません。
 そのうえわたしの舌も、最高級の大トロとトロルの身が同じものだと告げているのです。

「ご覧のとおり伊勢海じゃトロルは大量に獲れるし、おまけに痛みが早え。だからうちの店で処理しきれないぶんをほかに卸してるんだよ。……お嬢ちゃんが思っているより、妖怪の身ってのは世間に普及してんだぜ」

 衝撃の事実でした。
 わたしたちは知らず知らずのうちに、妖怪を食べていたのです。

 ……いやいやいや!
 どう考えてもありえなくないですか!?

 するとギンさん、カッカと笑いながら、

「マグロだろうがトロルだろうが、美味けりゃなんでもいいじゃねえか」

 さすがは怪しげなネタを扱う寿司職人。ゲテモノ食いの年季が違います。
 あまりに不条理な話に頭を抱えるわたしは、そこであることを思いだしました。

「さてはノドグロも、ただの魚じゃないわけですか」

 というのもこの島に上陸する前。
 ギンさんは【幻のノドグロ】を狙うと言っていたからです。
 だからてっきり、最高級の大トロがトロルの身であったように――高級魚であるノドグロも、なんらかの妖怪ではないかと考えたわけで。
 しかしギンさんは首をかしげながら、

「お嬢ちゃんが言ってるのは普通のノドグロだろ。ありゃ妖怪じゃねえ」

 普通のノドグロは魚。
 では幻のノドグロは……?
 アハハ。真面目に考えるのがバカらしくなってきました。

「そもそも古代ローマ寿司からして意味不明なんですよ。できれば事前に説明してほしいというか、またヤバイもんと出くわすなら心の準備をしておきたいというか」
「おっと、言われてみりゃそのとおり」

 ギンさんは素直にそう言ったので、今回狙う獲物について教えてくれるようです。
 こんなことなら最初にたずねておくべきでした。

「寿司の起源てのは実のところかなり古い。今の暦でいう紀元前五百年ごろには、東南アジアの一部で食われていた。……つっても今みてえに生の肉をのっけた握り寿司じゃなく、塩漬けにした肉を米といっしょに発酵させた【なれ寿司】だけどな」

 推測するに、当時は生の肉を長期的に保存する技術がなかったからでしょう。
 それはさておき、

「もしや、そのころから妖怪をネタにしていたんですか?」
「というより順序が逆だ。そもそも寿司は儀式の一つとして誕生した。この世ならざる存在の肉を、豊穣の象徴たる米とともに取りいれ、大いなる力を得る――いわば古代の秘術であったものが、長い歴史の中で食文化に姿を変えたというわけだ」

 聞いていて頭が痛くなってきました。
 しかし信じるほかありません。
 なにせわたしは今、彼に導かれてこの世ならざる領域に足を踏み入れているのですから。

「こうして寿司の起源といえるものが誕生して数百年、職人の一部はローマ帝国に渡り、そこにあった食文化と交わり独自の寿司が誕生した。それがいわゆる古代ローマ寿司なんだが……帝国の衰退とともに、その存在は歴史の闇に葬られてしまった」

 話の途中で「ずーん、ずーん」と地響きが鳴りました。
 ギンさんが音のした方向に、切れ長の瞳を向けます。つられて視線を注ぐと、島の中央にある丘に、大きな影がよぎったように見えました。

「中でも幻とされるのが、あのノドグロだ」
「あの……って、どのですか?」

 ギンさんはくいとあごで示しました。
 そちらは小高い丘。黒い影のいた方向です。

「やつらはバカみてえに固くて、ショットガンすらロクに効きやしねえ。だから喉元にある逆鱗の隙間を狙う。で、その奥にある黒い肉が通称ノドグロさ」

 その言葉とともに、島全体に「ギョバアアーッ!」と恐ろしい鳴き声が響き渡ります。
 わたしがひざをがくがく震わせながら、丘の上をもう一度見てみると。
 そこに佇んでいたのは巨大なトカゲ……。
 いえ、怪獣めいたシルエット。

「お嬢ちゃんといえど、やつらの説明はいらねえだろ。あれぞ古の時代から脈々と語り継がれる、伝説の妖怪――ドラゴンだ」

 なんということでしょう。
 妖怪退治どころか、怪獣(ドラゴン)退治になるとは。
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