混沌にまみれた五胡一六国時代……の前に

文字数 2,310文字

―――――さてさて、昨日意味ありげな台詞を残して帰ってしまった西野先輩。
もしかして俺は先輩と実は面識があり、先輩は覚えていてくれたが、俺が忘れてしまっただけなのではないか。
出来ることならそこから二人の恋が始まって、ついにこの作品もラブコメルートに突入する。なんて俺は思っていたのだが―――――

「……先輩、何やってんの?」

当の本人はそんなこと忘れたかのように、中国大河ドラマの姫のような格好をして座っていた。

……いや、確かに似合うよ!似合うけども!
先輩確かに見た目だけは良いから、似合ってるんだけども!

何か変に考え込んでた俺がバカみたいだな……

そんな心の声も伝わらず、先輩はさも当然、といったかのように澄まし顔で答えた。

「見て分からないかしら?王昭君のコスプレよ。」

いや分からんわ。

「……でも王昭君って漢の……しかも劉邦の頃の人ですよね?今日って五胡一六国時代の話をするんじゃなかったんでしたっけ?」

「はぁ……困った子ね。こういった一見関係無さそうな場面が、小説では伏線であることが多いのに……これだから物事を一点からしか見れないお馬鹿さんは……」

俺の質問がさぞアホらしかったのか、呆れて頭を押さえながら先輩は言った。

いやお馬鹿さんって何やねん!
一々言動がムカつくな。

「……まあいいわ。じゃあ、お馬鹿さんのために今日は王昭君の話から始めましょう。……前202年の漢王朝成立後、劉邦は当時中華世界の平和を脅かしていた遊牧騎馬民族、匈奴と対決することになるわ。」

「それは知ってます。*冒頓単于が出てくる所ですよね?」

「ええ、そうよ。彼のもと力をつけた匈奴を討伐するため劉邦は軍を率いて彼らと戦ったわ。しかし、劉邦率いる漢の軍隊は敗北したわ。……まあ農耕世界の住人と、幼少期から馬に乗り、戦いに慣れている遊牧騎馬民との戦いの結末なんて、最初から分かりきっていることだけどね。」

まあ農業で食ってる民族と、四六時中食べ物を求めて戦い続けてる民族だからな。そりゃ、強くもなるわな。

「……そんなわけで敗北してしまった劉邦だけど、ここで匈奴と講和を結んだの。『中国の産物と自分の娘を捧げれば、匈奴は漢に攻め入らない。』という、ね。……あなたが劉邦だったらどうする?自分の娘を簡単に、しかも何をするかも分からない野蛮民族に渡す?」

「そりゃあ……自分の娘ですし渡したくないですよ。でも、それだと匈奴に攻められちゃうし……」

「そうね。きっと劉邦もそんな気持ちだったわ。それに彼、かなりの娘好きだったらしいしね。……そこで、彼は自分に仕えている女性を、自分の娘として匈奴に送ることにしたわ。」

「なるほど……じゃあ王昭君っていうのは……」

「ここで匈奴に送られた、劉邦に仕えていた女性よ。……劉邦は匈奴に送る女性を決める時に、画家に宮殿の女性全員の似顔絵を描かせて、その中で一番不細工な人を送ることにしたわ。当然、宮殿の女性達は自分が選ばれないように画家に賄賂を送り、顔を美人にするように頼んでいたわ。……でも王昭君は違った。そんなことをしてはいけない、そう思っていた彼女は、画家に賄賂を送らなかった。当然画家は怒り、彼女のことをとびきりの不細工として描いたわ。」

「ということはまさか……」

「……ええ、それを見た劉邦は彼女を匈奴に送ることに決めたわ。そして匈奴に自分の娘……ということになっている王昭君を送る日、劉邦の前に現れたのは、とびきりの美人な女性だったわ。」

「えっ……王昭君ってそんなに美人だったんですか?」

……ってことは王昭君コスプレした先輩完全にご本人サマじゃないですか!
コイツ、マジで見た目だけは良いからな(3回目)そりゃ、サマになるわけだ。

「そうよ。……まあそんな美人を手放してしまった劉邦は、大層後悔したでしょうね。」

「そりゃそうでしょうね……まさか美人を残しておくつもりが逆に送り出してしまうなんて……」

「まあこの話を元に王昭君を主人公にした漢宮秋という物語があるから、それも読んでみるといいわね。……ちなみに彼女のこの後のことだけどね、前までは、匈奴での生活に苦しみ、自殺してしまったと考えられていたのだけれど、最近では彼女は自殺はしておらず、逃げるチャンスもあったにも関わらず、最後まで匈奴で暮らしていたのではないかと言われているわ。」

「そうだったんすか……」

やっぱ中国史って面白いな。
……まあ事実改編率ハンパないけど!

「まあここで王昭君の出番は一旦終了よ。この話はまた今度の漢の説明の時にしましょう。……時代は漢から進み五胡一六国時代へ。当時晋に、劉淵という名前の武将がいたわ。ちなみに彼はモンゴル系遊牧騎馬民族の匈奴出身よ。」

「えっ……」

おかしくないか?
遊牧騎馬民と言えば、冒頓単于やらフビライ・ハンやらチンギス・ハンやら、面倒な名前のはずだ。
何でこんなに中国人のような名前なんだ……?

「……っ!まさかっ!」

「ええ、そのまさかよ。彼は遠い昔、漢の時代の王昭君の血を引く者……つまり漢の皇帝劉邦の一族、その末裔……彼の血を引く者よ―――――」

―――――――――――――――――――――

【用語解説】

冒頓単于……とにかくヤバイやつ。武則天と同じか、それ以上にヤバイやつ。妻と父親を殺してから匈奴の王となった。自分の言いなりになる兵士を作るため、自分が矢を射った者を部下に射たせ、射たなかったら処刑した。しかも内容も日を経る毎にエスカレートし、最終的に父親を射った。
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