第18話 巫女の魔法

文字数 1,680文字

 男に案内されて、薬草店から3軒はなれた十字路へと走った。人だかりをかきわけると、四歳くらいの幼児が、若い女に抱きかかえられ、腹から血を流していた。
 すぐ側では、二階建ての木造建築が、骨組みだけ建っていた。職人らしき男が数人、女のまわりにいる。
「どいて下さい!」
 するどい、風をきるような声で、ルナは道をあけさせた。子供の腹に目をやる。足元に、血に濡れた大きな鑿が落ちている。
「巫女さま!」
 母親らしき女が、悲鳴のような声をあげた。
「動かないんです…、どうか…」
「服を脱がせましょう」
 ルナはいいながら、子供の鼻に目を近づけて、息があるのをたしかめた。
 かたかたと震える女の手を支えるようにして、衣服をとりはらい、他に傷がないのをたしかめる。
 腹の傷は、思ったより深かった。
 鑿を手にとる。折れてはいない。
 手布で傷口をぬぐい、あふれでる血をおさえるようにして、様子をさぐる。
 異物はないように思えた。
 まだ確信はもてなかったが、
「ルナ、何をしてるんだ」
 アーサーの苛立った声をきいて、ようやく、決断する。
 これ以上時間をかけると、よけいに危ない。
 治癒の魔法球をひきよせ、子供の傷口にあてて、魔力を解放する。
 白い光が、子供の全身をつつみ、ほどなく消えた。
 傷口のあったところを見る。別に異常はない。
「……怪我は治りました」
 そういって、女の顔をみる。
 とても、安堵したようにはみえなかった。
 子供の目は、まだ開かない。息は荒く、顔色は、さきほどよりずっと悪い。
「魔法の治療を受けると、体力を消耗しますので……、とにかく、休ませて下さい。それから、」
 ほんの少しだけ、ためらうように間をあけてから、
「たぶん、異物は巻き込んでいないと思いますが、様子がおかしければすぐ医師にみせて下さい。」
「はい、……」
 女は、青い顔のまま頭をさげた。
 ざわざわと人だかりがざわめくなか、ルナは軽く一礼して、ミナの薬草店へと歩きだした。



 修道院では、葬儀や儀式でおもてに出ることが多く、治療をする機会はあまりなかった。



「補充しておきます、」とひとこと言って、ルナはあずまやに座りこんだ。
 あぐらをかいて、腹のところに置いた両手を軽く組み、目をとじる。
 魔法球を生みだすための、瞑想に入ったらしい。

 ふつう、巫女が瞑想をするときには、人を遠ざけて暗室にこもるものだが。

 アーサーは、なんとなく取り残されたような気持ちで、掌を枕にごろんと横になった。
 どうせ、しばらくこのままだ。
 目をとじる。

 眠っていたわけではないが、少し意識が遠のいていた。
 すぐそばで気配を感じて、ぱっと起き上がる。
 巫女が立ち上がって、こちらを見下ろしていた。

 額のそばに、白い魔法球が4つ。

「ずいぶん、早いな」
 太陽を見る。ほとんど、動いたようにも見えない。
「慣れていますので、」と、こともなげにルナはいった。
 アーサーはあいまいに頷いて、あぐらをかいて座りなおした。
 かるく向かい合うようにして、ルナも座る。
「……そういえば、今日は透明なのですね」
 いわれて、アーサーはちょっと戸惑った。
 すぐ気がついて、魔法球を頭上から目線の高さまでおろす。
「フォスターに、練習しておくように言われて。普段は、治癒の魔法にしておくんだけど。」
「白と、他の色を、両方使えるのですか?」
「ああ、」
 アーサーは少しいやそうに首をふった。
「……たいしたことじゃない。先祖に森妖精がいるんだ」
 巫女や僧兵がつかう白の魔法と、他の色の魔法をかねそえることが、勇者の条件だという者もいる。しかし、アーサーは信じていなかった。
「きみこそ、4つも魔法球を使えるなんて、」
「それこそ、たいしたことではありませんよ。」
 ルナはにっこりとほおえんだ。
 それから、手をみて、
「……井戸のところで、洗ってきます」
 たちあがる。
 ルナの指先は、なかば乾きかけた血で、べっとりと赤くなっていた。
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